『嘘つきのための辞書』
- 著者
- エリー・ウィリアムズ [著]/三辺 律子 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784309208800
- 発売日
- 2023/05/29
- 価格
- 2,750円(税込)
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『嘘つきのための辞書』エリー・ウィリアムズ著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
架空の言葉が結ぶ100年
一部の翻訳小説のなかには、翻訳家がすごく苦労するタイプの作品がある。本書もその一つだ。辞書と言葉をめぐるお話で、キーワードになるのは「マウントウィーゼル」。これは辞書の著作権を守るため、版元がわざと紛れ込ませた架空の項目、実際には存在しないフェイク語のことである。このマウントウィーゼルの言葉遊びの楽しさを、どのように英語から日本語に置き換えて読者に伝えるか。本書の訳者、三辺律子さんのお仕事は、いつもながら素晴らしい。
舞台となるロンドンの辞書出版社スワンズビー社は、19世紀には最先端技術を駆使した風格ある建物で、大勢の辞書編纂者(へんさんしゃ)たちを擁していた。しかし時は流れて現代では、オーナー兼編集者のデイヴィッドとインターンのマロリーしかいない弱小出版社へと落ちぶれている。デイヴィッドは、唯一の出版物である未完の『スワンズビー新百科辞書』をデジタル化しようと考え、なぜか必要以上にたくさん紛れ込んでいるマウントウィーゼルを洗い出すよう、マロリーに指示する。これだけでも大変な作業なのに、マロリーはやたらと攻撃的な脅迫電話にも悩まされていて(なんと爆破予告まで!)、恋人のピップだけが心の支えだ。
さて前述の「なぜか」の答え、スワンズビー新百科辞書に多くのマウントウィーゼルを仕込んだ「犯人」は、百年前のスワンズビー社に勤めていた、ウィンスワースという自他共に認める冴(さ)えない青年だった。しかし彼は、日々の小さな憂さ晴らしにマウントウィーゼルを作るには充分な知識と教養を持ち合わせていた。試してみればすぐわかるが、もっともらしいフェイク語をつくるのは難しい。ウィンスワース君はけっしてただのダメ男ではないんです。
百年の時を行き来しながら、二人の主人公のドラマは進む。時にハラハラさせつつも明るく愉快な、本書は「愛」の物語でもある。三辺律子訳。(河出書房新社、2750円)