『海賊たちは黄金を目指す』
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『海賊たちは黄金を目指す 日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘』キース・トムスン著
[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)
カリブ 過酷極めた冒険
初期アメリカ史には海賊の話が欠かせない。彼らが狙ったのは、南米ポトシで産出された大量の銀を運ぶスペイン船である。アンデスの高地で採れた銀は、陸路で太平洋側へ降ろされ、船でパナマへ、そして地峡を渡ってカリブ海へ出てスペイン行きの船に積み込まれる。だが、その地峡を渡るのがどんなに大変なことだったか、この本を読むまで想像だにしなかった。
本書は、海賊なのに長い山歩きの話で始まる。彼らはお宝の集積地を狙って地峡を渡るが、そこは危険に満ちた深いジャングルだった。案内役を買って出たのは先住民クナ族である。スペイン人に拉致された自分たちの王女を救い出すために海賊と手を組みたい、という話だが、それは本当なのか、はたまた罠(わな)なのか。こうして二年にわたる彼らの冒険譚(ぼうけんたん)が語り出される。
原資料となったのは、海賊たちに同行して襲撃と略奪の運命を共にした人々の日誌である。なかには、後に世界的な博物学者になる者もあり、多国語を操る優秀な数学者もある。そんな彼らがなぜ海賊になったのか。そこに一七世紀イギリスの息苦しい階級社会と、自由で平等な実力主義の海賊仲間との対比が見えてくる。私掠船(しりゃくせん)と海賊船の違いも注意深く記されている。
丹念に記録された新世界の事物も興味をそそる。アボカドやカシューという英語を初めて採録し、マリファナの魔力を伝える。雨の日に滴を浴びるだけで全身に水疱(すいほう)ができてしまう猛毒の木マンチニールや、皮膚の下に潜り込んで寄生するメジナ虫。そうかと思うと、極上の美味とされた植物プランテーンは、調べてみれば要するにバナナの一種だったりする。
海上の苦しみもすさまじい。飲み水のない渇き、壊血病の悲惨な全身症状。幾多の困難を乗り越えてついに財宝を手にするところを読むと、いつの間にか自分も略奪の大成功を喜ぶ海賊の気分になっている。ちなみに、海賊たちって実は泳げなかったらしい。杉田七重訳。(東京創元社、2970円)