『腹を空かせた勇者ども』金原ひとみ著

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腹を空かせた勇者ども

『腹を空かせた勇者ども』

著者
金原 ひとみ [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031064
発売日
2023/06/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『腹を空かせた勇者ども』金原ひとみ著

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

青春楽しむ娘 母との壁

 こんなに爽やかな終わり方をする著者の小説を初めて読んだ。本書はまさしく青春の1ページ、その頂点というところで終わっている。文化祭のバンド演奏と言えば十分だろう。中高の文化祭ほど甘酸っぱい青春を感じさせる瞬間はない。この青春真(ま)っ只中(ただなか)の世界を生きる、中学から高校にかけての女子が主人公だと言えば、眩(まぶ)しすぎて著者の作品らしくないと思われるかもしれない。バスケ部の活動に没頭し、軽音部で文化祭を目指し、スマホで呼びかければ即座に友達が集まる「陽キャ」となればなおさらだ。

 少し前まで著者はむしろ、クラスの中心メンバーに疎外感を感じ、本を読むことでようやくその穴を満たすような人物に焦点を当ててきた。しかし最近、本など読まなくても生きていけるタイプの人物を描き始めている。本作からは、一人でいるのが嫌いで、大事な友達が元気かいつも気にし、将来を案じる―コロナ禍を背景とした諸問題が起こっている―中高生らしい玲奈の心の声が聞こえてくる。にもかかわらず、紛れもなく著者らしい作品である。なぜなら玲奈は、自分とまったく違うタイプの母との間に「越えられない壁」を感じているからだ。文芸部に入っている同級生と話すときも、「ママと話してるときの疎外感」に似たものを感じる。

 著者の作品にはよく、読んでいて引いてしまうほど理屈っぽい人物が出て来るのだが、本作の母親がそのタイプのインテリである。伝統的な価値観から解き放たれていて、10代の娘に通じるとは思えない言葉を容赦なく使う彼女は不倫をしている。玲奈の父も容認していて家族は「回っている」ものの、玲奈は納得できてはいない。母が不倫相手からコロナに感染し、自分がバスケ部の大会に出られないかもしれないという事態になっても謝ろうとしない母を理屈で理解するのは難しい。「陽キャ」の側から「私たちめっちゃ違うなってことに対する悲しみ」が描かれる新鮮な小説だ。(河出書房新社、1760円)

読売新聞
2023年10月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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