『人と思想 199 柳田國男』
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『柳田國男』菅野覚明著
[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)
著者、菅野覚明による本書の「あとがき」によれば、柳田國男は、萩原朔太郎『青猫』に収められた「自然の背後に隠れて居る」という詩を好んでいたらしい。草むらの影、地平のかなたに「見えない生き物」の存在を感じ、怯(おび)えているのにそれに惹(ひ)かれてしまう子供の心持ちが、そこでは語られている。
農業政策学者として農村生活の向上にとりくむ。官僚として活躍し、公民教育の方針を提言する。日本各地を探訪して昔話を聞き集め、日本民俗学という学問を創始する。そうした華やかな活躍の背後に息づいていた、もう一つの関心の存在を菅野は指摘する。
日本人すなわち「我々の父祖」は「何を信じ何を怖れ」て生きてきたのか。それを尋ねる営みは、彼らが実在を信じた妖怪と神々、死者の霊との関わり、自然環境との交感へと視線を伸ばしてゆく。それは、神道信仰を国策に利用しようとする政府の動向に対する批判もはらんでいた。「常民」の現実の生活と、彼らが共有する「夢まぼろし」の世界とを二重写しにする、柳田の思考の運動をみごとに活写した評伝である。(清水書院、1320円)