『新版画の世界 川瀬巴水から吉田博まで 美しく進化する浮世絵スピリット』クリス・ウーレンベック/ジム・ドウィンガー/フィーロ・オウウェレーン著

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新版画の世界

『新版画の世界』

著者
クリス・ウーベンレック [著]/古家満葉(長野県立美術館) [監修]/鮫島圭代 [訳]
出版社
パイ インターナショナル
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784756257796
発売日
2023/08/19
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『新版画の世界 川瀬巴水から吉田博まで 美しく進化する浮世絵スピリット』クリス・ウーレンベック/ジム・ドウィンガー/フィーロ・オウウェレーン著

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

際立つ情緒 海外を魅了

 何となく懐かしい。そんな気分になる風景や街や人々の佇(たたず)まい。若者にもノスタルジーを感じさせる光景を美しい色彩で描く新版画の展覧会カタログである。本展覧会には貴重なオランダの個人コレクションも含まれ、2022~23年にかけて同国、ドイツ、ベルギーを巡回して人気を博した。日本でも注目度の高い新版画成立の歴史背景や特徴をていねいに解説し、魅力を解き明かす好書だ。

 新版画は、江戸時代に興隆した浮世絵が明治維新による欧化政策の煽(あお)りを受け下火となって以降、昭和にかけて流行した。版元のプロデュースのもと、絵師、彫師、摺師(すりし)による共同制作は浮世絵と同じだが、浮世絵が風俗や流行、社会情勢を伝えるメディアなのに対し、外国人向けに日本趣味を打ち出したアートであった。

 そもそも19世紀後期にパリやウィーンで開催された万国博覧会を機に、ジャポニスムブームが起こり、アール・ヌーヴォーなどの芸術に影響を与えた経緯がある。ほどなく日本趣味の版画制作者も欧米で誕生した状況で、欧米のコレクターらが新版画の購入に参与し普及に貢献した。ジョブズやダイアナ妃が新版画を好んだことは知られているが、新版画の受容と購入者はまずは海外だったのである。

 テーマも浮世絵の美人画や役者絵、風景などを踏襲しているが、際だった日本情緒の演出に新版画の特徴がある。たとえば、川瀬巴水(はすい)《東京二十景 芝増上寺》=画像、本書より=。降りしきる雪の中、和傘を傾けて小走りに急ぐ着物姿の女性。雪、和傘、着物女性という人気三要素を、雪の白、増上寺の赤い門、雪でしなだれる松の色彩のコントラストで鮮やかに描き出す。

 新版画に対して全工程を自身で制作する創作版画も台頭する。両アートとも関東大震災の大火に消えながらも、志新たな作家とマーケットの熱意で蘇(よみがえ)り、再び今日、脚光を浴びているのである。欧米との文化交流によって、日本のグラフィック・アートを刷新した新版画は、アニメ大国日本のハイブリッドな創作精神の源流といえよう。鮫島圭代訳。(パイインターナショナル、3960円)

読売新聞
2023年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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