<東北の本棚>放射能と向き合い苦闘

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海を撃つ

『海を撃つ』

著者
安東量子 [著]
出版社
みすず書房
ISBN
9784622087823
発売日
2019/02/09
価格
2,970円(税込)

<東北の本棚>放射能と向き合い苦闘

[レビュアー] 河北新報

 避難をするか。自宅にとどまるか。東京電力福島第1原発事故以降、避難指示の区域外や解除区域の住民は厳しい選択を迫られてきた。
 原発事故を巡る政府の対応は揺れ動き、多くの専門家が放射線の健康影響について異なる見解を示した。いわき市で夫と植木屋を営む著者は事故後の混乱を経て、「自分たちの置かれた状況や最善の対応策を知りたい」と手探りで動き始める。本書は放射能と向き合い、被災地での生活を守るために苦闘した8年間の記録だ。
 まずは2011年9月、小さな勉強会を開く。牛肉の出荷制限や家庭菜園の野菜の安全性といった質問に専門家が答えるものの、住民の不安解消には結び付かない。会場に漂う、もやもやした空気。国の対応や人間関係、経済的損失、将来などに対する「科学的知識で解消できない部分の不安や不満」が浮き彫りになる。
 地域で暮らし続けるために何ができるか。著者は1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシで始まった「エートス・プロジェクト」を手本にする。住民と科学者が一緒に放射線量を測り、被ばく量の低減を図る取り組み。いわき市北端の末続地区で12年に放射線量の測定を始め、エートスに関わった民間組織・国際放射線防護委員会(ICRP)のメンバーを交えた対話集会も断続的に開いた。
 活動の根底に「誰もが住民をないがしろにして、何かを語りたがる状況」への怒りがある。「そこに暮らす価値があるかどうか判断できるのは、その場所に暮らす人だけだ」との指摘は重い。
 著者は76年、広島県生まれ。原爆投下と原発事故という「核災害」がもたらした喪失を共通項に古里の広島、チェルノブイリ、福島を語る章が印象深い。生活者としての視点が貫かれ、「避難しないこと」を選択する人々の思いが強く伝わってきた。
 みすず書房03(3814)0131=2916円。

河北新報
2019年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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