解説:池上彰 僕たちは未来をどう生きるか。──『生きるために本当に大切なこと』渡辺憲司著【文庫巻末解説】

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生きるために本当に大切なこと

『生きるために本当に大切なこと』

著者
渡辺 憲司 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041110621
発売日
2021/02/25
価格
770円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

解説:池上彰 僕たちは未来をどう生きるか。──『生きるために本当に大切なこと』渡辺憲司著【文庫巻末解説】

[レビュアー] 池上彰(ジャーナリスト)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

■『生きるために本当に大切なこと』文庫巻末解説

解説
池上 彰(ジャーナリスト)  

 二〇二〇年春からの新型コロナウイルスの感染拡大で、多くの学校が休校になりました。とりわけ大学は、小中高校が授業を再開してもキャンパスは学生が入れない状態が続きました。
 希望に満ちて大学生になったのに、憧れのキャンパスに入れないまま。講義はリモートが続き、自分の部屋に籠ったまま。友人ができずに孤独に苛まれてきた若者たちも多かったことでしょう。
 私が特命教授を務める東京工業大学では、毎年春、新入生全員に「大学で学ぶ意味」について講演してきました。ところが二〇二〇年の春は直接語りかけることができず、リモートで学生諸君にメッセージを贈りました。
 そこで私が強調したこと。それは、「若者よ、孤独に耐えよ」ということでした。
 いまの若者たちは、常にスマホを持ち、ツイッターやLINEで友人と繫がり続けています。これは、人類の長い歴史の中で、極めて異例のことです。人間は社会的存在ですから、仲間とコミュニケーションをとりたいのは当たり前です。でも、常時接続など、これまであり得なかったことです。
 それだけに、新学期になっても新たな友人ができないと、たったひとりで過ごす時間が長くなったはずです。孤独感を味わったでしょうか。辛かったと思います。勉強もなかなか進まなかったかもしれません。
 しかし、この孤独は貴重だったのです。
 たとえば友人たちと楽しい時間を過ごした後、ひとりになった直後の孤独感。あなたは覚えがありますか。この孤独が、あなたを成長させるのです。
 人間は社会と繫がりながらも、結局はたったひとり。ひとりで生きていかなければならない。これを若いうちに知っておくことが肝要なのです。
 私が大学に入学したのは一九六九年のこと。東京大学と東京教育大学(現在の筑波大学)が学生による長期ストライキで入試が中止になるという混乱に巻き込まれました。大学に入っても、すぐに全学ストライキ。学生たちが教室の机や椅子を持ち出して正門にバリケードを築き、教職員の立ち入りを阻止。キャンパスは学生によって自主管理となりました。全ての講義は中止となり、入学早々、キャンパスにも入れず、講義もないという異常事態です。
 孤独です。自分はどんな人生を生きるべきなのか。哲学書などさまざまな書籍を乱読する日々でした。この辛い日々が、いまの自分を形成したと思います。
 私が入学したのは経済学部でしたので、経済学の本も買ってきては独力で読み進める努力を続けました。
 結果として、独学の力がつきました。大学を出た後も独学を続けてきました。七〇歳を超えたいまも仕事ができているのは、この独学の積み重ねがあったからだと痛感しています。孤独は人を成長させるのです。
 この「孤独」の重要性を強調し、「時に、孤独を直視せよ」というメッセージを高校の卒業生に贈ったのが、渡辺憲司氏です。
 二〇一一年三月、東日本大震災の混乱の中で、渡辺氏が校長を務めていた立教新座高校は卒業式ができなくなりました。このとき渡辺氏はインターネット上で卒業生にメッセージを贈ります。それが、「時に海を見よ」という文章です。これが大きな反響を呼び、多くの人に感動をもたらしました。
「時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ」
 巨大な地震と大津波。福島での原発事故と、人々が不安を抱いていたとき、この言葉がどれだけ勇気を授けてくれたことか。
 これを現時点で読み返すと、まるでコロナ禍で不安に苛まれている私たちへのメッセージのように思えてしまいます。
 危機に直面したとき、常に私たちに語りかけてくれる。これが古典というものです。渡辺氏のメッセージは、もはや古典となったのだと思います。

生きるために本当に大切なこと 著者 渡辺 憲司 定価: 770円(本体...
生きるために本当に大切なこと 著者 渡辺 憲司 定価: 770円(本体…

 渡辺憲司氏は一九四四年一二月生まれですから、現在七六歳。日本の近世文学の研究者として知られています。本書を読むと、随所にその片鱗がうかがえます。
 渡辺氏は北海道出身で立教大学の大学院を卒業し、教師の道を進みます。横浜の商業高校定時制をスタートに、東京の武蔵高校、山口県の梅光女学院大学(現在の梅光学院大学)を経て立教大学教授に就任。二〇一〇年八月に立教新座中学校・高等学校校長となり、翌年三月の卒業式メッセージが有名となります。
 その後、二〇一五年四月から自由学園最高学部(大学に該当)の学部長を務めています。コロナ禍に当たって書かれた「今本当のやさしさが問われている。」も多くの感動を呼びました。
 本書を読めばわかるように、渡辺氏は敬虔なクリスチャンです。聖書からの引用が随所に見られますが、「そうか、聖書には、こんなメッセージが込められていたのか」と再発見の連続でした。
 一切の怯懦を排し、孤独を愛し、人々を愛する。こんな素敵な先生の教えを受けた人たちの、なんと幸せなことよ。
 いまさら生徒にはなれませんが、本書を読むことで、本人の謦咳に接することは可能なはずです。
 若い人は、新たな学びとして、昔若かった人は、学び直しとして読んでいただきたい。君は海を見ましたか。

■作品紹介

解説:池上彰 僕たちは未来をどう生きるか。──『生きるために本当に大切なこ...
解説:池上彰 僕たちは未来をどう生きるか。──『生きるために本当に大切なこ…

生きるために本当に大切なこと
著者 渡辺 憲司
定価: 770円(本体700円+税)

僕たちは、未来をどう生きるか。今、本当のやさしさが求められている。
立教大学名誉教授、自由学園最高学部学部長、元立教新座中学校・高等学校校長の渡辺憲司は、2011年3月、立教新座高等学校の卒業式が中止となり、卒業生へのメッセージをインターネット上に公開した。TwitterをはじめネットやSNSで話題となり、3月16日の一日だけで30万ページビュー、合計で80万回以上の接続数を記録。その力強く優しいメッセージに老若男女が感動した。2020年3月、自由学園最高学部長ブログ146回「今本当のやさしさが問われている コロナ対策に向けて」が再び話題に。本書は当時のメッセージを再録しブログ原稿を採録、書下ろしを加えて再編成した。混迷の時代に、生きることの意味を問う、多くの気づきと自信を与えてくれる人生哲学書。

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KADOKAWA カドブン
2021年04月07日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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