『ファシズムとロシア 』
- 著者
- マルレーヌ・ラリュエル [著]/浜由樹子 [訳]
- 出版社
- 東京堂出版
- ISBN
- 9784490210644
- 発売日
- 2022/02/26
- 価格
- 4,180円(税込)
ファシズムとロシア マルレーヌ・ラリュエル著
[レビュアー] 菅原琢(政治学者)
◆理解を諦めぬ知性
ロシアはファシズム国家かと問われれば、肯定する人は多いだろう。現に欧米では、ウクライナ侵攻前からそう論じられる傾向にあった。
本書は、そうした安易なレッテル貼りに異を唱える。絶対悪として他者化しては、ロシア、ひいては世界の動きを見誤る。その代わりに本書はファシズムに関わる要素を丁寧に検討しながら、ロシアの体制と現状を紐解(ひもと)いていく。
ソ連崩壊後のロシア国内では、ファシスト的な極右、極左の思想家や党派が勢いを持ったこともあった。しかしそれらは主流とはならず、政権から遠ざけられた。プーチン政権は欧州の極右勢力と友誼(ゆうぎ)を結ぶこともあった。だがそれはファシズム的な価値への共感からではない。反EU、反リベラルで繋(つな)がった戦略的同盟関係であり、主流政党の代替という側面が強い。
体制を見回しても、ファシズムの要件を満たすものは少ない。プーチンその人が体現する“男らしい”自警団文化が、威圧的な統治の道具となっていることくらいである。総じて、ファシズムという概念でロシアを理解することは難しい。
プーチン政権下のロシアの自己規定は、むしろ反ファシズムである。ソ連がナチス・ドイツと戦った「大祖国戦争」は、大国ロシアをまとめられる唯一無二の記憶となっている。ところが、ソ連の影響から脱した中・東欧諸国では、ソ連をナチスと等置するような歴史観が台頭し、公的な記憶の座を占め始めた。
ロシアにとって中・東欧諸国による歴史の「修正」は、ファシズムに対する勝利者として保証されたはずの、欧州における自らの地位を脅かすものである。ロシアが近隣諸国との「記憶をめぐる戦争」を激化させ、ウクライナ侵攻を反ファシストの「軍事作戦」と主張する背景を本書は浮かび上がらせる。
無論、それで侵攻が正当化されることはない。だが、得体(えたい)のしれない悪者の蛮行と捉えるよりは、糸口を感じさせる見方である。本書が示した理解を諦めない知性が、今をおいて重要な時はないだろう。
(浜由樹子訳、東京堂出版・4180円)
フランス出身の国際政治・政治思想研究者。米ジョージ・ワシントン大教授。
◆もう1冊
小泉悠著『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)