息子や美しい少年たちを殺し、標本にした…大学教授の独白で始まる湊かなえの最新ミステリ『人間標本』ほか4作を紹介

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • 人間標本
  • 不死鳥
  • double〜彼岸荘の殺人〜
  • ファラオの密室

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 ホラー・ミステリ]『人間標本』湊かなえ/『不死鳥』西村健/『double ~彼岸荘の殺人~』彩坂美月/『ファラオの密室』白川尚史

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 湊かなえの『人間標本』(角川書店)は、大学教授の独白で始まる。幼いころに蝶の標本作りの魅力に囚われた彼は、中学二年生の息子や同世代の美しい少年たちを殺し、飾り、標本にしたという……。美の創造者であり続けたいという心を描いた小説。己の信ずる美に対する純粋さを、社会性、あるいは家族等への情愛と絶妙な配分でブレンドし、蝶のモチーフをトッピングした妙なるカクテルである。ミステリとしては仕掛けも着地もスッキリと極上の美酒。しかしながら飲み干した後には胸に澱が残る。重く、苦く、艶やかな澱が。

 新宿ゴールデン街のバーのマスター兼トラブル解決役のオダケンが主人公の活劇小説シリーズ第一弾『ビンゴ』でデビューした西村健は、福岡のラーメン屋兼探偵である弓削匠を主役に《ゆげ福》シリーズも発表している。『不死鳥』(講談社)は、両者が共演する長篇だ。今回弓削は依頼人の家出娘を追って上京し、オダケンは警察の指揮下で都内の連続放火事件を捜査する。二人のファンとしては、旧知の仲の彼等がときに酒を酌み交わしつつ各自の持ち味で探偵仕事を進める姿を読めて嬉しい。もちろん二人が並ぶ意味もある。両者の接点は、日本推理作家協会賞候補の短篇「点と円」(『ゆげ福』収録)で登場した曲者の県警研究員。彼が、臨時の部下であるオダケンに手を焼きつつ、得意技“地理的プロファイリング”を駆使して犯人を絞り込む展開に魅了される。捜査の過程で永井荷風の街歩きを追体験できる愉しさもあるし、真犯人の冷たく冴えた頭脳も印象深い。

 彩坂美月の文庫書き下ろし『double ~彼岸荘の殺人~』(文春文庫)はホラーとミステリをブレンドした作品。主人公の山本ひなたは、幼馴染みの神城紗良に付き添って、人里離れた屋敷に滞在することになった。大企業の経営者一族の青年が、その屋敷で起こる怪異――複数の死者も出ている――を解明すべく、比類なき念動力者である紗良を、物に残る人の思念を読み取る者や電気を操る者など様々な超能力者とともに招いたのだ。二泊三日の予定で現地を訪れた彼らは、“屋敷そのもの”によって屋内に閉じ込められてしまう。そして発生する怪奇現象と死、さらに死……。まずは屋敷の不穏な空気や怪異が素直に怖い。そのうえで、この舞台ならではの謎解きと驚きも愉しめる。上出来の一冊だ。

 古代エジプトを舞台に、密室状況のピラミッドの玄室から先王の遺体が消えた事件を描いた白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)は第22回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作。自分の死の理由を探るべく、三日限定で現世に蘇ったミイラが探偵役となる。その特異な設定がミステリとしてしっかり活かされていて素晴らしいし、馴染みのない世界の物語だが、大小様々な謎とその連鎖の魅力、および中心人物たちの造形の確かさでクイクイと読まされてしまう。注目すべき才能の誕生だ。

新潮社 小説新潮
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク