『細部から読みとく西洋美術 めくるめく名作鑑賞100』スージー・ホッジ著

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細部から読みとく西洋美術

『細部から読みとく西洋美術』

著者
スージー・ホッジ [著]/中山ゆかり [訳]
出版社
フィルムアート社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784845921195
発売日
2023/09/26
価格
4,180円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『細部から読みとく西洋美術 めくるめく名作鑑賞100』スージー・ホッジ著

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

創作の秘密 画材まで迫る

 作品の部分を拡大して解説する美術書は、視覚効果の高いCG画像の普及に触発されてか、近年とみに多くなっている。全体をゆったり眺めるのも美術鑑賞の醍醐(だいご)味だが、ディテールが分かるとわくわく感が倍増する。本書のこだわりは、類書の中でも群を抜いている。細部の意味や役割だけでなく、画材や技法などを含め、創作の意図や過程までも解きほぐそうとしているのだ。1500年以前から現代まで、彫刻をも含めた100点が俎板(まないた)の鯉(こい)よろしく解体される。

 たとえば、透明感のある鮮やかな色彩で魅了する印象派のルノワール。本書掲載《陽光の中の裸婦》では、当時の恋人アルマのふくよかな肌が木漏れ日を受けてきらめいている。ルノワールの色彩の魅力は何といってもエメラルド・グリーンと思うのだが、そのパレットは白系、黄系、青系、緑系などかなり限られた色幅しかなく混色しない。本来パレット上の色の「レシピ」は、トップ・シークレットだ。それが分かってしまえば、技法が流用される恐れがあるからだ。

 ルノワールは淡いグレーの下地に薄く溶いた色をぼかすように塗り重ねてから人物像をつくりあげてゆく。「私がモデルに求める唯一のことは、肌で光をとらえてくれることだ」という。当時は光学理論が展開し、印象派は色材という物質で光をいかに捉えるか腐心していた。この難題を生涯追求したルノワールの秘密がわかる。

 X線や赤外線など科学的方法を使った画法の分析は美術研究の基本だが、いまや写真撮影した画像を3DCGを用いてデジタル化し、自在に操れる時代に突入した。アナログ創作の秘密はつぎつぎ解明され、新たなコンピュータ上の創作が試みられているが、私たちを魅了するのは、常にディテールではないだろうか。

 本書の元になった言葉「神は細部に宿る」は、長らく芸術の神髄を語る言葉とされてきた。生命みなぎる細部に没入することによって、過去と現在、作家と私たちが照応する。この知的で魅惑的な視覚的営みが味わえるヴィジュアル本だ。中山ゆかり訳。(フィルムアート社、4180円)

読売新聞
2024年1月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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