老いる。看取る。追う。「犬心」が匂う3冊

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老いる。看取る。追う。「犬心」が匂う3冊

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 犬と生活するということ。

 その本質に、最も美しくシンプルな言葉で迫ったのが伊藤比呂美『犬心』(文春文庫)。詩人の濃(こま)やかな、時に冷徹な感性の力が、鮮明に正確に情景を切り取っていく。中心となるのは十四年間を共に過ごしたジャーマン・シェパード、タケとの最後の日々だ。

 ボールを放られれば追いかけて咥えずにはいられない。群れから離れる子供がいると寄り添って輪に戻そうとする。骨の髄までイヌのメスであるタケを「ヘテロでセクシスト」と形容したくだりには笑ってしまった。どのページをひらいても、賢く憎らしくも愛おしい「犬心」が横溢している。だが敢えて煎じ詰めるなら、それは冒頭のエピソードに集約されるのだろう。

 老犬となったタケは、かつてのように颯爽と歩けない。坂道をのぼるとなれば、ひいひいふうふう、老いた人間と同じように一苦労だ。ある日の散歩の帰り道、訳あって伊藤さんが来た道を引き返そうとするも、疲れたタケは頑として動かない。そこで伊藤さんは、なんとリードを外し、振り返らずに歩き出す―。その後タケがどんな行動を取ったか。本文で確かめてほしい。

 人が老犬を看取る。当然、逆だって有り得る。ポール・オースターの『ティンブクトゥ』(新潮文庫)は病魔に蝕まれた飼い主に寄り添いながら、その死の足音に怯える犬、ミスター・ボーンズの視点で描かれる物語だ。仔犬の頃から人の傍らで過ごしてきた彼にとって、「主人のいない世界」なんて想像もつかない。それでも哀しいかな、人生―否、犬生は続いていく。

 犬を犬心そのままに語り手に据えた犬々しい傑作ミステリといえば、スペンサー・クインの「名犬チェットと探偵バーニー」シリーズが真っ先に思い浮かぶが、魅力的な同業犬なら他にもたくさんいる。稲見一良『猟犬探偵』(光文社文庫)のジョーは、アイヌ犬との混血にして、「猟犬専門」の私立探偵を掲げる主人公のハードボイルドな相棒だ。これみよがしに前景化される存在ばかりが優秀なサイドキックではないことをその一吠えで教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2016年2月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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