光陰の刃やいば 西村健 著

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光陰の刃

『光陰の刃』

著者
西村, 健, 1965-
出版社
講談社
ISBN
9784062199193
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

光陰の刃やいば 西村健 著

[レビュアー] 郷原宏(文芸評論家)

◆戦争へと続くテロの悲劇

 團琢磨(だんたくま)-三井財閥の理事長にして日本工業倶楽部(くらぶ)、日本経済連盟会を指導した財界の大御所。井上日召(にっしょう)-仏教者にして一人一殺(いちにんいっさつ)のテロリスト集団を率いた国家主義者。まったく無関係だったはずの二人の人生が昭和史の一点で交差したとき、日本を揺るがす事件が起こった。いわゆる血盟団事件である。

 本書はこの事件を近代日本の光陰が作り出した運命の悲劇として描いた歴史小説の力作である。

 團琢磨は安政五(一八五八)年に福岡藩士の子として生まれた。岩倉使節団に従って渡米し、マサチューセッツ工科大学で鉱山学を学んだ。帰国後、専門学校などの教師をへて工部省に入り、三池炭鉱に派遣された。ここで納屋頭の山海権兵衛と知り合い、生涯にわたる親交を結ぶ。

 明治二十一(一八八八)年、二度目の洋行中に炭鉱が三井に払い下げられたため、帰国後は三井に入社して炭鉱社事務長に就任する。この時期、坑内の出水による危機を新型ポンプの導入によって切り抜け、採炭量を増大させて三井の財政基盤を確立する。

 『地の底のヤマ』『ヤマの疾風(かぜ)』という炭鉱小説の秀作を持つ作者は、團の活躍を単なる出世物語としてではなく、炭鉱を中心にした理想の工業都市の建設をめざす男のロマンとして、いきいきと描き出す。

 井上日召は明治十九年に医者の子として群馬県に生まれた。無頼な青春を送ったあと旧満州(中国東北部)で諜報(ちょうほう)活動に従事。帰国後は禅の修行を積む一方で国家革新運動に挺身(ていしん)する。昭和七(一九三二)年に血盟団を組織し、団員を指揮して元蔵相井上準之助、團琢磨の暗殺を指導した。「この世に絶対的な善悪の基準はない」といった彼の言葉どおり、評価は人それぞれだろうが、この事件が戦争への引き金の一つになったことだけは疑えない。

 世界各地でテロ事件が多発する昨今、ここに描かれているのは決して遠い過去の物語ではない。

 (講談社・2052円)

<にしむら・けん> 1965年生まれ。作家。著書『劫火』『残火』など。

◆もう1冊 

 中島岳志著『血盟団事件』(文春文庫)。貧困や農村の疲弊を背景にした若い国家主義者らによる昭和初期のテロ事件のドキュメント。

中日新聞 東京新聞
2016年4月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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