『パイルドライバー』
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異色の捜査小説にして出色の相棒小説
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
長崎尚志は多くのヒット作を生みだしてきた漫画編集者・原作者・制作者であり、漫画の世界では知らぬ者がいない。だがミステリー小説の分野でも侮れない存在になったことは、これまでの作品を見ればうなずけるだろう。
財宝捜しをモチーフにしたデビュー作『アンタンタハー東方見聞録奇譚』に続き発表された《醍醐真司の博覧推理ファイル》の二作品――『闇の伴走者』と『黄泉眠る森』――によって、それは証明されたといっていい。このシリーズで主人公を務める醍醐真司は、フリーの漫画編集者である。過食症で体重百キロ超えの巨体の持ち主で傲岸不遜な性格。だがあらゆるジャンルに博覧強記ぶりを発揮して、もつれた糸を解きほぐす。漫画編集者という探偵役には珍しい設定、漫画家や漫画の原稿が絡んだ謎など、その世界に深く関わった者でなければ書き得ない優れた作品だった。
しかし四作目の本書『パイルドライバー』で、作者はいまミステリー小説の中でも、もっともライバルの多いジャンルに参入を果たした。警察小説である。
神奈川県横浜市の住宅街で凶悪な事件が起きた。四十一歳と三十八歳の夫婦、九歳の男児の一家三人が、家に侵入した何者かによって、大型の刃物で刺殺されたのだ。現場には物色された跡があり、壁に付けられた血染めの手形や血まみれの衣類など、大量の遺留品も残されていた。さらに被害者の顔にはピエロのようなメイクが施されていた。
この手口を見た県警に衝撃が走った。近隣で十五年前にもそっくりな事件が起きており、未解決のままだったのだ。はたして同一犯なのか、あるいは模倣犯なのか。県警本部は十五年前の事件の捜査に関わっていた退職刑事の久井重吾を嘱託として採用し、捜査一課の中戸川俊介刑事とコンビを組ませた。だが久井は現在の事件ではなく、十五年前の事件関係者を中心に聴取を行っていく。はたして久井の狙いはどこにあるのか。
六十二歳になる久井は「細面、切れ長の鋭い目。鼻は高いというより長い。唇は薄く酷薄そう。野生のキツネのような風貌」をしている。そしてなによりも「百七十五センチの俊介より十五センチは高かった」という長身の持ち主で、現在でも神奈川県警最強(最凶)とも云われる強面な男なのである。
一方の中戸川俊介は、交番勤務の時に従事した殺人事件の捜査で、犯人逮捕に貢献した功により、捜査一課に抜擢されて刑事になった。とはいえ、警察官になったのも成り行きで、父が大きくした家業の豆腐製造業を継ぐために、いつ辞表を提出しようかと悩む、敏腕とほど遠い三十歳の若手刑事である。
この二人がコンビを組み、十五年前の事件をたどって現在の事件へも肉薄していく。作者は「マンガの場合、スジを優先するとキャラが薄くなり、キャラを優先するとスジが薄くなる(中略)でも、小説ならどちらも成り立たせることができる」(『黄泉眠る森―醍醐真司の博覧推理ファイル―』刊行記念特集インタビュー、新潮社「波」二〇一五年四月号)と語っているが、本書でも二つの類似事件の関連と意外な真相という「スジ」と、個性的な二人の主要「キャラ」の創造という二つの要素を拮抗させて、ストーリーの面白さだけに流されない、厚みのある物語を構築することに成功している。
パイルドライバー(杭打ち機)とは久井のあだ名である。だがそれは、久井の言葉が被疑者の脳天に響く、取り調べの天才であることに由来する。強面の外観を持ちながら、家では心理学の専門書を読み、事件関係者には深い洞察力をもって対峙する。外見とのギャップが著しい久井。さらに久井と対照的な俊介。二人は事件の真相を追いながら、互いの思いを理解し、心情を通わせていく。本書は異色の捜査小説であり出色の相棒小説である。作者の狙い通り、「スジ」良し「キャラ」良しの会心作となった。