金原ひとみ新作『クラウドガール』が描く“損なわれた”姉妹

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クラウドガール

『クラウドガール』

著者
金原ひとみ [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022514448
発売日
2017/01/06
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

“損なわれた”姉妹が混乱しつつも生きる意味

[レビュアー] 都甲幸治(翻訳家・早稲田大学教授)

 高校生の杏はパニックになると、自分の中から湧き出た黒い雲に覆われる。見慣れた世界は荒野となり、その中で全身を硬直させた彼女は息もできない。引き金となるのは晴臣の度重なる浮気だ。バレるたびに別れを決意しても、晴臣の示す極端な忠誠の言葉に杏は彼を受け入れてしまう。姉の理有(りう)は正反対だ。杏と二人暮らしの彼女は日々の家事をきちんとこなす。光也(こうや)と知り合っても彼との距離を詰められない。いっそ自分の身体を強引に奪ってほしいと願っても、その想いを口には出せない。

 どうして彼女たちはそうなのか。母親によって決定的に損なわれてしまったからだ。小説家のユリカは娘たちの愛情を受け入れられない。常に空想の世界にいる彼女が愛せたのはぬいぐるみだけだ。そしてアル中と心の病を併発したユリカは、娘たちの心に巨大な穴を残したままこの世を去る。決して応えてくれない母親を求めて理有は彼女の小説を読み、母と同じ美容師に髪を切ってもらう。姉を求める妹はその美容師と寝る。

 対極的に見える姉妹だが、病の形は同じだ。愛する相手に受け入れられたことのない二人は、自分を保ったまま、ほどよい距離の関係を作れない。相手に過度に近づいて同一人物にまでなろうとし、拒絶されると心を閉ざしてしまう。自他の境界線が薄過ぎるから、脆い自己は一貫性も保てない。逆に閉ざしてしまえば、心は凍り付いたままだ。

 デビュー作『蛇にピアス』から、金原は混乱した女性たちを描いてきた。自らの肉体に当惑し、苦痛の中で何とかバランスを取る。本作でも金原は安易な解決法は示さない。だが僅かな抜け道はある。ダンスをすること。今までの経験が通じない海外に住み、危険を肌で感じること。そうして自他の境界の修練を続けることで、僕たちは現代を生きる力を少しずつ上げていくのだ。姉妹が死なずにいる、それだけで大きな勝利なことを本作は教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2017年2月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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