【聞きたい。】池田弘一さん 『みたび 長唄びいき』

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【聞きたい。】池田弘一さん 『みたび 長唄びいき』

[文] 産経新聞社


池田弘一さん

 ■伝承の三味線音楽を探訪

 歌舞伎舞踊とともに成長し、江戸時代後半からは純然たる演奏曲として発展してきた三味線音楽の長唄。そこでは、日本人がさまざまな形で伝承してきた物語がうたわれている。

 本書は、源義経伝説を素材にした「勧進帳」「船弁慶」、旅人を食らう鬼女が主人公の能「黒塚」をもとにした「安達ケ原」など、8曲の詞章をひもとき、伝承を探訪した。平成14年の『長唄びいき』、26年の『ふたたび 長唄びいき』に続き、青蛙房から3作目の刊行となった。

 「学者でも研究者でもないのに、好きなことを書いていたら本になった。幸せだと思っています」

 昭和22年、早稲田大学長唄研究会発足とともに稽古を始めて70年になる。50歳を前に、演奏会で舞台をおりたとき、「物語をもっとよく知らなければ、うたうことができない」と発起して、伝承地をめぐる旅を始めた。

 きっかけとなった長唄「鳥羽の恋塚」(明治36年発表)は、「源平盛衰記」に登場する袈裟(けさ)御前と文覚(もんがく)上人の物語。ゆかりの寺を調査して、明治の時代風潮により忠義、貞女のかがみに仕立てられたことが分かった。長唄には、先行する謡曲や狂言、浄瑠璃などの物語から川柳、落語の世界まで入っており、「日本の邦楽といわれているものの、そっくり総合的なものです」と魅力を語る。

 講釈・落語好きの父に連れられ、幼少時から寄席や歌舞伎に通った。本書でも終戦翌月、二代目市川猿之助の「黒塚」を見た思い出が語られる。六代目尾上菊五郎が舞台稽古で「船弁慶」を指導するさまも見た。「菊五郎自身が、素のなりで薙刀(なぎなた)を肩に花道の引っ込みを見せ、『(平)知盛はバッタじゃねぇぞ』と一言。それが忘れられません」(青蛙房・2700円+税) 

 永井優子

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【プロフィル】池田弘一 

 いけだ・こういち 昭和4年、東京生まれ。早稲田大学教育学部国語国文科卒業後、公立学校教員になり東京都立工業高専教授で退職。62年、神田外語大学教授。現在は名誉教授、同大学ミレニアムハウス館長。平成15年から7年間、NHK「ラジオ深夜便」で「邦楽夜話」を担当。

産経新聞
2017年3月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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