架神恭介は『高慢と偏見とゾンビ』をオースティンの原作の魅力を気づかせてくれる良作と評価する

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架神恭介は『高慢と偏見とゾンビ』をオースティンの原作の魅力を気づかせてくれる良作と評価する

[レビュアー] 架神恭介(作家/パンクロッカー)

架神恭介
架神恭介

 この本が出る頃には映画版も始まっている『高慢と偏見とゾンビ』の原作小説を読みました。
 御存じの通り、本作はジェイン・オースティンの恋愛小説『高慢と偏見』に無理矢理にゾンビ要素をぶっこんだマッシュアップ小説。僕も今、夏目漱石の『こころ』にゾンビをぶっ込んだ『こころオブ・ザ・デッド』なる漫画(原作を担当)を連載中なので親近感がハンパない。
 ところで、こういうよく分からないキメラ作品を作る側としてはですね……実は、できるだけ原作の魅力を引き立たせたいと思うものなんです。まずは原作を咀嚼して、自分なりに魅力を見出した上で、ゾンビなどをぶっ込んでその魅力を映えさせたいと考えるわけです。それは原作へのリスペクトとかそういう高尚な志ではなく、やっぱり名作には名作と言われるだけの力があるので、そのパワーを最大限活用したいからなんですね。
 それで本作。作中にゾンビ要素が加わることで、登場人物たちはゾンビ対抗手段としてカンフーなどを身につけ、また、日常的なゾンビ戦闘を通じて極めて殺伐とした性格に変わっています。ヒロインのエリザベスはすぐに相手に殺意を覚えるし、ニンジャとの組稽古では相手の心臓を素手で抉り出し、かぶりついて絶命に至らしめる程の凶暴性を見せつけます。いわゆる暴力ヒロインです。
 エリザベスが最後に結ばれることになるダーシー。中盤でエリザベスはダーシーから愛の告白を受けますが、彼女はダーシーのことを嫌っていました。なので原作では、つっけんどんな言葉を放ってダーシーを追い返すのですが、これが『高慢と偏見とゾンビ』ではエリザベスは鶴の構えを取り、蹴りの連撃を放ってダーシーを吹き飛ばすのです。愛の拒絶に、蹴りという物理的暴力を介在させることで、原作で描かれているヒロインの心情が、なんと、より分かりやすくなっているではありませんか!
 けれど、ゾンビもカンフーも確かに面白いけど、それらは原作の恋愛描写のデフォルメ(強調)に過ぎず、実は原作の恋愛描写自体が普通に面白いんですね。ゾンビが入ることで読者のハードルを下げて、エキサイトメントを追加し、物語の構造を分かりやすくする。そして浮ついた気持ちで読んだ読者に、原作の魅力を気付かせてくれる。この手のキメラ作品としては見事な成功を収めていると言えるでしょう。ジェイン・オースティンもきっと天国で大喜びしているに違いありません。
 さらに個人的には、巻末に付けられたオマケ、「読書の手引き」がスマッシュヒット。「ゾンビ古典文学に並ぶなきこの傑作をより深く味わい、また楽しむために、次のような点に注意しながら読んでみよう」という出だしから始まる教科書的な子供向けガイドをパロった体裁で、著者の悪ふざけが全開です。アメリカにもこういう教科書的ガイドがあるんだなあと思うと共に、アメリカ人もやっぱりこういうのは隙あらばバカにしていきたいんだな、と伝わってきて、非常にグッと来るオマケでした。

太田出版 ケトル
VOL.33 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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