民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ポピュリズムとは何か

『ポピュリズムとは何か』

著者
水島 治郎 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784121024107
発売日
2016/12/19
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

保守主義とは何か

『保守主義とは何か』

著者
宇野 重規 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784121023780
発売日
2016/06/22
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

ポピュリズム政党からデモクラシーへの可能性

宇野重規
宇野重規氏

 宇野 人それぞれに社会経済的な立場があり、固有の利害や価値観があって、それを政党が集約し代弁し、最後に政党間で討議、調整を行うことで、社会的な一定の合意が得られるという、そういう民主主義のモデルがありました。でも今は、労働者であれば、おのずと労働組合を価値づけし、その評価の元に福祉国家を支持するかというと、そうではなくなっているんですよね。
 今回、トランプを支持した人々は、本来であれば労働組合を支持し、リベラルな民主党を支持してしかるべきだったのに、ヒラリー率いる民主党を既成エスタブリッシュメントの政党であるとして退け、共和党の中でも異端なトランプを代弁者と認めた。実際に彼の目指す政策が、衰退の一途を辿るラストベルトの人々を救うことができるか分かりませんが、それをメディアがいくら声高に語ったところで、人々はその言葉を受け入れません。
 その上でお伺いしたいのは、水島さんはポピュリズムの定義として「下」からの契機を強調しておられます。「ポピュリズムは民衆の参加を通じて「よりよき政治」をめざす、「下」からの運動である。そして既成の制度やルールに守られたエリート層の支配を打破し、直接民主主義によって、人々の意思の実現を志向する。その意味でポピュリズムは、民主的手段を用いて既存のデモクラシーの問題を一挙に解決することをめざす、急進的な改革運動といえるだろう」と。しかし、今回のトランプ旋風のような一連の動きは、本当に「下」から民主的に押し上げられたものなのか。トランプというカリスマを持った人物が、ツイッターなどで巧みに煽動し、操作した結果なのではないか。
 水島 ラテンアメリカでもヨーロッパでも、ポピュリズムが各国で躍進する最初期には、必ずカリスマ的なリーダーが存在して、サイレント・マジョリティにヴォイスを与えることが、必要条件となっています。ところが、カリスマ的なリーダーがいなくなれば、その風が止むかといえば、どうも違うようなのです。
 日本では橋下徹がいなくなっても、大阪維新の会は勢いを減じていません。フランスでは、三十年に亘って国民戦線を率いたジャン=マリー・ルペンが引退しましたが、初代のようなカリスマ性はなくても、よりモダナイズされた娘のマリーヌ・ルペンへ継承されています。彼女は、リベラルデモクラシーの論理で、フランスのイスラム化を問題視し、グローバル化批判やEU批判を全面的に出すことにより、置き去りにされた人々に配慮すべきことを訴えます。そのようにして、人民の代表の立場を表明し、初代ができなかった極右的なイメージを払拭して、支持を増やしているのです。
 オランダのフォルタイン、オーストリアのハイダーなど、各国のポピュリズム政党で、初代のカリスマリーダーが未だに留まっているところはほとんどありません。しかし現時点で、ポピュリズムは各国でかつてない支持を誇っています。
 つまりポピュリズム政党は一過性の存在ではなく、今後も継続的に影響力を保ちうる、社会的な基盤を、既に持ち得ているのではないかと。呼び覚まされたサイレント・マジョリティは、リーダーなき後もヴォイスを続けます。上からの操作だけに注目してしまうと、ポピュリズムの抱える強いエネルギー源のようなものを、見失ってしまうのではないか、と思うのです。
 宇野 最初期にポピュリズム政党を支持していたのは、グローバル化の下に、既成の社会集団から外れてしまった、アイデンティティに揺らぎのある人々ですよね。そこには、統一された主義や主張があったわけではない。ところがそうした人々が、自分たちを代弁してくれるポピュリストリーダーを支持してみると、集団としての結集力に似たものを持つようになり、それが以後も一定期間持続すると。面白いですね。
 私は『〈私〉時代のデモクラシー』で断絶され砂粒化した人々が、如何に「私」意識を持って相互に繋がり、「私たち」のデモクラシーを打ち立てることができるか、ということを考えたのですが、カリスマ的なポピュリストリーダーを媒介に人々が繋がることで、デモクラシーに通じる可能性があるかもしれないのですね。
 ただやはり疑問なのは、この理論はアメリカの場合にもあてはまるのか。仮にトランプが失脚したとして、彼を支持するポピュリストグループは、共和党を乗っ取ることになるのか。もしくは第三政党として展開するのか。
 水島 選挙制度が与える影響は大きいですよね。アメリカの場合は、民主・共和二大政党が一五〇年間続き、第三党をほとんど寄せ付けていませんから、世界でも極めて特異です。政党組織が、ヨーロッパと違って緩いので、百数十年前にポピュリズムの人民党が民主党に取り込まれたように、既成の政党内にポピュリズム的要素が取り込まれる可能性はあります。
 他方で、アメリカのポピュリズムについては、サンダース現象も見る必要がある。ヨーロッパでは右派的なポピュリズムが、ラテンアメリカでは左派的なポピュリズムが強く、アメリカはハイブリッド型だと考えています。先進国なので移民問題に対する右派的な反発も起これば、新大陸ゆえに所得配分の格差問題で、左派的なポピュリズムが出てくる余地も十分にある。
 実際、今回の大統領選挙では、右派と左派のポピュリズムが、合わせ鏡のように出てきましたね。このことは、既成政党にとって大きなチャレンジであって、現時点で、民主党はサンダース支持者の取り込みが課題です。今後、共和党も民主党も、それぞれのポピュリズム支持層を取り込むことに、相当のエネルギーを割かざるを得ないのではないでしょうか。政党制そのものが崩れるとは思いませんが、二大政党の内的な変質はあると思います。
 また、日本でなぜ英欧米に比べてポピュリズムの進出が相対的に遅く、しかも局地に限られているかといえば、やはりグローバリゼーションに晒される度合いが弱いという点が大きいですよね。日本にはまだ、二十一世紀型のポピュリズムが全面的に開花するほどの社会的な状況は揃っていません。ですが、この先は分からないですね。

週刊読書人
2017年2月10日号(第3176号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク