『「本をつくる」という仕事』
書籍情報:openBD
「本をつくる」という仕事 稲泉連 著
[レビュアー] 森彰英(ジャーナリスト)
◆技と人生を詰め込む
ネット社会の進展に伴い、紙の本の滅亡論が叫ばれているが、本とは極めて付加価値の高い製品なのである。ドイツで修業して製本マイスターの資格を得た青木英一は言う。「例えば部分的に手作業の工程を強化し、ひと味なにかを加えるだけでも、本の雰囲気は変わる」
本書にはこの青木をはじめとして百年に一度の活字大改刻事業に携わった開発技術者、活版印刷の灯を守る工房の主、製紙工場の職人、練達の校閲者、海外の本を日本に取り次ぐ版権仲介ビジネスの担当者らが登場する。
著者はこの人たちの仕事場を訪ね、手作業のノウハウを掘り起こすとともに、それぞれの人生を実に丹念に聞き書きしている。一冊の本にこんなに精緻で奥行きのある技が内蔵されているのかと感嘆するとともに、この人々の心から滲(にじ)み出た仕事への思いが心を打つ。例えば、六畳ほどの活版印刷工房を営む溪山丈介の「原稿を受け取って組版をつくり、印刷物としてお客さんに渡す仕組み」を守り抜こうとする使命感や、校閲のベテラン矢彦孝彦の「あの人たち(作家)が分からないことを、こっちから指摘してやろう」という仕事根性などである。
評者はいつも本を身近に置こうとするが、その理由が分かった。一冊の本には多数の人の努力の成果やそれぞれの生き方が詰め込まれているからである。
(筑摩書房・1728円)
<いないずみ・れん> ノンフィクション作家。著書『復興の書店』など。
◆もう1冊
辻山良雄著『本屋、はじめました』(苦楽堂)。物件探しや棚づくりなどの準備から開店後の店主の日常を紹介。