“人文系”に逆風の時代ですが――哲学しててもいいですか?

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哲学しててもいいですか?

『哲学しててもいいですか?』

著者
三谷尚澄 [著]
出版社
ナカニシヤ出版
ISBN
9784779511257
発売日
2017/03/10
価格
2,420円(税込)

大学はここまで変質した!哲学准教授の“生活と意見”

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 いわゆる人文系には逆風の時代である。どこの大学も、社会の即戦力を育てるとか、外国語でのコミュニケーション力を養成するとうたうようになった。ほとんど流行語みたいな理念のもと、人文系は予算も人員も削られている。

 この危機に、人文系はどう対処するのか。「あんたの分野なんて、学生にどんな力がつくのか全く見えてこない。税金を使って援助する気になんかなれない」と言われた人々の反論を知りたい。そんなわけでいろいろ読みあさっているのだが、現在まさに国立大学で哲学を教えている先生が書いたこの本はいまのところベストの手応えだ。「大学の現在」をしっかり見つめた、切れば血の出るような文章である。

 まずはいまどきの学生についての考察。「悟り世代」と言われるが、よく見ると、困難に出会っても心の平穏を乱さないという意味での悟りではなく、困難に直面して平静でいられなくなるのが嫌だから注意深く困難を避けている。国内外の大問題にも当事者意識をあまりもたず、争いの回避とリスクヘッジが優先。それを著者は「ぼく、いい子にしてるんだから大丈夫ですよね?」という態度だと表現しているが、心当たりがありすぎて胃が痛い。

 しかし人間社会に危機が訪れない時代などなく、大学教育を受けた人たちの大多数が「いい子にしていれば誰かが解決してくれる」と思っているだけだとしたら、それこそ最悪の事態である。著者は、ここに哲学の出番を見いだす。哲学を学ぶとは、自分なりのものの見方や考え方の枠組みを全否定されるような問答に慣れるということだし、それは自分とは異質な他者の理屈に対して自分の思考を開いていく訓練になる。困難から逃避せず、感情に流されず、すっきりした解決策のない問題の現場に踏みとどまり、論理的に悩むことのできる人材を育てよう。哲学方面からあがったこの力強い声にしびれました。すばらしい。

新潮社 週刊新潮
2017年6月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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