上下巻、舞台はカンボジア…に敬遠することなかれ 今年最強の日本SF

レビュー

9
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ゲームの王国 上

『ゲームの王国 上』

著者
小川 哲 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152096791
発売日
2017/08/24
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ゲームの王国 下

『ゲームの王国 下』

著者
小川 哲 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152097019
発売日
2017/08/24
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最後まで目が離せない!日本SF、今年最強の傑作

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 ポル・ポト率いるクメール・ルージュが政権を奪取したのは1975年4月17日のこと。その後の4年間で虐殺されたカンボジア人は100万を超えるとも言う。その時代を生き延びた女性の回想記をアンジェリーナ・ジョリーが映画化した『最初に父が殺された』は、来たる9月15日から(劇場公開ではなく)Netflixで世界同時配信予定だが、それよりひと足早く、同じ時代のカンボジアを描く日本作家の書き下ろしSF長編『ゲームの王国』が刊行された。

 なじみのない著者のハードカバー上下巻、しかもカンボジアの話って……と敬遠されそうだが、これがとんでもなく面白い。試しに上巻を手にとってランダムに開き、何ページか読んでみてほしい。カンボジアとかポル・ポトとか、歴史とかSFとか関係なく、たちまち物語に引き込まれ、抜け出せなくなるはずだ。

 上巻の軸は、ボーイ・ミーツ・ガール。年上のソリヤは、サロト・サル(のちのポル・ポト)の隠し子とされる、プノンペン育ちの美しく聡明な少女。育ての親を秘密警察に虐殺された過去があり、他人のウソを見抜く能力を持つ。年下の少年は、バタンバン州の小さな村、ロベーブレソンに生まれ育った天才児。超人的な知力を持つが、しじゅう体を洗う潔癖症の変人で、ムイタック(水浴び)とあだ名されている。

 少女と少年が運命に導かれるようにして出会ったのは、1975年4月17日のバタンバン。対等の力を持つ相手と初めて接した二人は、カードゲームの勝負を通じて互いを認め合う。だが、その日を境に社会情勢は一変。虐殺と内戦、集団農場と強制労働、密告と粛清の時代が二人を押し流してゆく。ポル・ポト政権下の(現実とは思えないほど悪夢的な)史実が生々しく描かれる一方、土を食べて大地の声を聞くことができる男や、輪ゴムを観察して村人の死を予見する少年など、ありえない(マジック・リアリズム的な)人物が多数登場し、ジュノ・ディアスや東山彰良の最良の作品を連想させる(狭義のSF要素はほぼゼロ)。

 下巻は、一気にその半世紀後(2020年代前半)。ソリヤは、ルール違反が不可能な、理想の“ゲームの王国”を実現すべく、政治家として権力の頂点を目指す。大学教授となったムイタックは、脳波で制御するコンピュータ・ゲームの開発により、世界を変革しようとしている。二人の運命がどんなかたちで交わるのか、最後の最後まで目が離せない。今年の日本SF、最大最強の傑作。

新潮社 週刊新潮
2017年9月21日菊咲月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加