[本の森 仕事・人生]『ひよっこ社労士のヒナコ』水生大海/『そのバケツでは水がくめない』飛鳥井千砂

レビュー

5
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ひよっこ社労士のヒナコ

『ひよっこ社労士のヒナコ』

著者
水生 大海 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163907604
発売日
2017/11/28
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

そのバケツでは水がくめない

『そのバケツでは水がくめない』

著者
飛鳥井千砂 [著]
出版社
祥伝社
ISBN
9784396635381
発売日
2017/12/12
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 仕事・人生]『ひよっこ社労士のヒナコ』水生大海/『そのバケツでは水がくめない』飛鳥井千砂

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

二〇一七年は「働き過ぎ」や「ハラスメント」など、就労環境に関する議論が巻き起こり改革も芽吹いた。その発端には、具体的な個人の実害があり悲鳴があったことを、忘れずに記憶しておきたい。「一人」の問題は実は、「社会」の問題とダイレクトに繋がっている。「社会」という漠然とした存在に肉薄するためには、「一人」の存在をとことん見つめることこそが、正当なアプローチなのだ。

 水生大海『ひよっこ社労士のヒナコ』(文藝春秋)は、さまざまな「一人」の事情を描く連作短編集だ。主人公は、国家資格である社会保険労務士――社労士として小さな事務所に就職し、第二の人生をスタートさせた二六歳の朝倉雛子。その仕事は、「労働や社会保険に関する専門家で、おおざっぱにいうと会社の総務のお手伝い」。顧問先の企業から持ち込まれるさまざまな案件やトラブルに対し、法に則ったアドバイスを与える。労災、産休育休、裁量労働制……。日本推理作家協会賞短編部門の候補になった冒頭の一篇で採り上げられるのは、自己都合退職かクビ切りか、会社と社員が真っ向対立した案件。「一人」の問題は実は、別の「一人」の問題と繋がっていて、その連鎖は「会社」全体の問題へと繋がっていく。全六篇を読み終えたらきっと、この一冊はミステリーとドラマを絶妙に調和させながら、「社会」全体の問題を活写する試みである事実に思い至るだろう。この試みは、継続させるべきだ。シリーズ化を断固、期待します。

 飛鳥井千砂『そのバケツでは水がくめない』(祥伝社)は、ヒロイン自身が労働絡みの事件に巻き込まれてしまう「一人」だ。二九歳の佐和理世は、勤務先のアパレルメーカーで新ブランドの立ち上げメンバーに選ばれる。商品の開発や販売計画を立てるMD(マーチャンダイザー)の肩書を得た彼女は、偶然入ったカフェに展示されていたバッグのデザインに運命を感じ、作者である小鳥遊美名に声をかけてメインデザイナーに大抜擢。互いを信頼し合う二人は、仕事仲間でありながら「親友」と呼び合えるような仲になる。その関係性が、ブランドにもいい影響を与えた。そう思っていた、はずだったが……。

 何か大きな事件が起こるわけではない。物語を構成するひとつひとつの素材も、誰しもの身近にあるモノだ。しかし、ひたひたと悪意が忍び寄り、やがて底なしの落とし穴へと突き落とされ(続け)ていく感触は、凡百のホラーを易々としのぐ。時代を経るとともに、職種や会社を選ぶことの自由度は高まった。だが、職場にはどんな人物がいて、誰と一緒に働くことになるかの選択は、不自由だ。賭けだ。この物語が提示する「逃げる」という選択肢の存在は、肝に銘じておくべきかもしれない。

新潮社 小説新潮
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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