経済学が導いた驚きの麻薬対策

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ハッパノミクス

『ハッパノミクス』

著者
トム・ウェインライト [著]/千葉敏生 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784622086635
発売日
2017/12/16
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

経済学が導いた驚きの麻薬対策

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 数年前にメキシコのどこかの市長が就任早々に暗殺されたという記事を見てとても驚いた。麻薬カルテルによる暴力犯罪の一掃を訴えて当選した市長だった。メキシコでは当時、麻薬組織によって政治家たちが次々と暗殺されており、私の脳内にはメキシコの麻薬組織はとんでもない暴力組織とインプットされていた。

 本書の著者は英国の経済誌「エコノミスト」の編集者。経済学を修めており、暴力とは無縁の人間だろうと考えられる。本書の冒頭部分では、その著者がメキシコの麻薬犯罪の中心地で最も危険な地域に単身取材に乗り込む様子が描写される。セキュリティ会社から渡されたのは身の安全は何も保障しない発信機。著者は靴下の中に発信機を隠して乗り込もうとするが、現地入りする直前にその“気休めの装置”の故障に気づく――。

 そんな危険な目にも遭いながら、著者は年間売り上げ三〇〇〇億ドルともいわれる南米の麻薬ビジネスを綿密に取材する。取材を通じて著者は、彼ら麻薬カルテルが一般のグローバル企業と同様な経営戦略を推し進めていることを痛感する。M&A(企業の合併と買収)、人材発掘、CSR(企業の社会的責任)、サプライ・チェーン戦略、オフショアリング(海外事業移転)などの経済誌的視点で麻薬ビジネスの分析を試みた。

 著者は一般の経済用語や経済学の理論を麻薬カルテルに当てはめていく。例えばM&A。組織同士で縄張りを争うよりメリットがあると見れば、商売敵とも手を組む。緻密なマーケティングでメディアを通じたPRを行ったと思えば、弱者向けの慈善活動などのイメージアップ戦略を欠かさない。このほかにも、多角化やフランチャイズ制、ドラッカーのマネジメント論など、経済誌でおなじみの用語で麻薬組織の論理をわかりやすく、かつ鮮やかに説明していく。

 経済学だからといって、難しい内容ではない。本書では例えば、その筋のオンラインショップでは尿検査をすり抜けるための合成尿や、放尿する擬造ペニスまでが売られているなど、驚きのトリビアも満載だ。

 しかし一番の驚きは、命がけの取材で麻薬組織の“経営”論理を知り尽くした著者の結論だろう。各国がこれまで進めてきた麻薬対策は間違っているというのだから。麻薬の供給側の取り締まりや、国境警備の強化では効果がないことを、著者はウォルマートを例に挙げるなどしてわかりやすく解説する。

 ではどうすべきか。著者が提言するのは麻薬の合法化である。危険な麻薬を認めるというのではなく、危険だからこそしっかり法律で規制すべきだというのだ。あらゆる点で経済学的な裏づけが述べられるので、非常に説得力のある見解だと誰もが思うはずだ。

新潮社 新潮45
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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