危険で優雅な「船上ミステリ」三冊 『ナイルに死す』ほか

レビュー

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  • ナイルに死す
  • 偽のデュー警部
  • 遭難信号

書籍情報:版元ドットコム

危険で優雅な「船上ミステリ」三冊

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 逃げ場のない絶海。容疑者は船内の人物のみ。物語に強烈な謎とサスペンスを生み出すものとして、客船を舞台にしたミステリは多くの作家によって書かれてきた。

 古典ではアガサ・クリスティー『ナイルに死す』(加島祥造訳、クリスティー文庫)。ナイル河を行く豪華客船上での巧緻極まる犯人当て小説の名作であり、風光明媚な土地の魅力を描く観光ミステリの代表作でもある。

 謎解きだけでなく、ユーモアの要素でも大いに楽しませてくれるのがピーター・ラヴゼイ『偽のデュー警部』(中村保男訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)だ。妻の殺害を企て客船に乗り込んだ男が、伝説の名警部だと勘違いされて殺人事件の捜査を任されてしまうという展開が愉快で堪らない。

 こうした船上ミステリの傑作群にぜひとも加えたいのがキャサリン・ライアン・ハワード『遭難信号』(法村里絵訳)である。ただし本書は、従来の豪華客船ものとは一味違う。

 発端となるのはサラ・オコンネルという女性の失踪である。サラは仕事でバルセロナに出張する、と恋人のアダムに告げ、出かけたまま行方が分からなくなったのだ。不安になったアダムが調べていくと、実はサラに新しい恋人がいたことを友人から告げられる。彼女は別の男と一緒にいるのか。追い打ちをかけるように、アダムの元に「ごめんなさい――S」という意味深なメモが貼られたパスポートが届く。

 あれあれ、この小説いつ船上ミステリになるの、と思った方、ご安心を。先行きの見えない失踪人探しのお話で読者を十分に引き付け、後半は閉ざされた豪華客船を舞台に息も詰まるサスペンスがしっかりと待ち受けているのだから。

 しかも作中に客船に乗務する女性のパートや、フランスに住むロマンという少年の話といった謎のエピソードが挿入され、読者をとことん困惑させる。物語の構成自体が、荒狂う海に翻弄される船のようだ。本書をめくり、危険で優雅な船旅をお楽しみあれ。ただし船酔いにだけは気を付けて。

新潮社 週刊新潮
2018年8月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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