直島誕生 秋元雄史著

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直島誕生

『直島誕生』

著者
秋元雄史 [著]
出版社
ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN
9784799323212
発売日
2018/07/12
価格
1,760円(税込)

直島誕生 秋元雄史著

[レビュアー] 藤田一人(美術評論家)

◆若き学芸員が目指したアート

 昨今、観光立国なる展望から、文化財や文化施設、文化活動の有効活用が盛んに論じられるようになった。その際に掲げられる代表的な成功例が瀬戸内の直島。岡山に本社を置くベネッセコーポレーションが開発に乗り出し、一九九二年に「ベネッセハウス/直島コンテンポラリーアートミュージアム」がオープンして以降、先端の現代美術を島ぐるみで展開。いまや世界中から人々が押し寄せる、日本屈指の観光スポットとなっている。

 本書は、そんな直島プロジェクトを立ち上げから担当し、十数年にわたって様々な企画を立案、現場でそれらを実現してきた著者の回想録だ。現代美術家として活動する傍ら美術ライターとして生計を立てていた若き著者が、ある日、新聞で学芸員募集の求人広告を見て、半信半疑で応募する。そして、企業美術館の学芸員に。資格は持っていても実務経験がない不安と、美術界と民間企業の美術観の違いに戸惑いながら、一つ一つ課題を乗り越えて、自分なりの仕事を積み重ね、理想の美術を手繰り寄せてくる。そうした展開は“青年学芸員奮闘記”というべき、熱く爽やかな青春像を感じさせる。

 本書の核心は、若々しく躍動的な経験に培われた著者の美術観に他ならない。それが「直島のアートは自分たちの生きている場所のリアリティから出発したい」という言葉に集約されているようだ。つまり、真の現代美術とは“いま”“ここ”に生きる意志と意識の賜物(たまもの)ということか。

 確かに、直島のアートプロジェクトは、直島の風土と歴史を反映し、現状の課題にも対応してきた。ただ、それは地元の人材や組織によって展開されるのではなく、外から人材、才能を招聘(しょうへい)し、移植されたものだ。もちろん、直島の実情から、そうならざるを得なかったことは分かる。それでも“いま”“ここ”に根差す現代美術とは、当地で生きてきた人材によって担われるのが理想ではないか。それは、現在、東京の区立美術館の館長を務める著者の見果てぬ夢であってほしい。

 (ディスカヴァー・トゥエンティワン・1728円)
 東京芸術大教授、練馬区立美術館長。著書『おどろきの金沢』など。

◆もう1冊 

 北川フラム著『ひらく美術』(ちくま新書)。文化による地域活性化論。

中日新聞 東京新聞
2018年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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