『本と鍵の季節』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
本と鍵の季節 米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)著
[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)
◆探偵コンビの揺れる青春
シャーロック・ホームズという天才名探偵に対し、ワトソンという読者目線の相棒兼語り手を配したのが、作家アーサー・コナン・ドイルの偉大な発明のひとつだった。その後、この二人を模したような名探偵とその相棒は何組も生み出されてきたけれども、それに当てはまらないコンビが、米澤穂信の短篇連作『本と鍵の季節』に登場する高校二年の図書委員、松倉詩門(しもん)と堀川次郎である。
語り手である堀川の目に映った松倉は、皮肉屋で大人びた、頭脳明晰(めいせき)な少年として描かれる。このような場合、普通は松倉が天才名探偵、堀川がワトソン役という役割分担となることが多い。実際、先輩女子の依頼で開かずの金庫の開け方を推理することになった松倉が、堀川には見えていなかった真実を看破してみせる第一話「913」を読むと、本書もそのパターンなのかと思わせる。しかしその後、二人の関係はそんな読者の予想から逸脱してゆく。
テストの問題を盗もうとしたという嫌疑をかけられた後輩の兄のアリバイを証明しようとする第三話「金曜に彼は何をしたのか」では、二人の倫理観の相違が微妙な読後感を醸し出す。そして決定的なのがその次の「ない本」だ。「913」とは逆に、松倉に見えない真実が堀川には見えていて、両者の探偵としての資質が補完関係にあることが窺(うかが)えるが、物語の決着は、ミステリにおける探偵役は当事者の私的領域にどこまで踏み込むことを許されるのかを問うような苦いものだ。
そして「昔話を聞かせておくれよ」と、そこから続く最終話「友よ知るなかれ」で、その苦さは更(さら)に増し、読者の心をも鋭く抉(えぐ)りつける。言わなくてもいいことを口にしてしまった経験がある読者なら、堀川の子供時代の思い出を読んでいたたまれない思いをするだろうし、倫理的な正否は別として、最終話で松倉が見せるある種の弱さを断罪しきれない読者もいるかも知れない。理想と現実の割り切れない関係のあいだで揺れる友情を、青春ミステリの枠で描いてみせた傑作である。
(集英社・1512円)
1978年生まれ。作家。著書『満願』『王とサーカス』など。
◆もう1冊
宮部みゆき著『淋しい狩人』(新潮文庫)。東京下町の古書店が舞台の連作集。