『帰れない山』 シンプルな筋立てを彩る自然描写

レビュー

6
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帰れない山

『帰れない山』

著者
パオロ・コニェッティ [著]/関口 英子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901530
発売日
2018/10/31
価格
2,214円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

自然豊かなアルプス山麓を舞台にふたりの少年と人生の成熟を描く

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 山育ちと都会育ちの人間では内なる方位が異なるかもしれない、と思うのは、ふと見上げた先に山があるかビルがあるかの違いは小さくないからだ。山とは対話が成り立つけれど、ビルとはむずかしい。

 この物語の骨格も山と都会の対照性にある。主人公の「僕」は、イタリア北東部ヴェネト州の農村出身の両親のひとり息子として、ミラノに生まれ育つ。父に手ほどきされて万年雪を頂く険しい山々に親しむさまが、前半で描かれる。

 父の登山はストイックだ。まわりの風景も眺めず、ひたすら山頂をアタックし、登頂したらすぐに下山する。山と競い合うように登る父とは対照的に、母は三千メートル以下の低めの山を愛し、木々や花の名前を覚えながら歩く。

 母の希望で山小屋を手に入れると、「僕」はそこで同世代の少年ブルーノと出会う。山暮らしの知恵と技術をたくわえた彼は都会育ちの「僕」には魅力的。かたや、会話の少ない家庭に育ったブルーノは「僕」の一家の温かみに惹かれる。

 家族の歴史、父と子の和解、友情の復活、と筋立てはシンプルだが、慈しみを込めて描かれる自然の描写がそれをダイナミックに彩る。

 蜜月の十代から、ブランクを経て三十代でブルーノと再会を果たし、父の遺した廃屋をふたりで再建する後半では、子どもの頃にはわからなかった友の本質に触れることで自分自身をもつかみとる、という人生の成熟が描かれ、感慨深い。

 文章の美しさに惹かれて、アトランダムに開いたページを何度も読み返してしまった。

 都会と田舎や、家族の確執という決して目新しくはないテーマがその度に魔術にかかったように瑞々しく立ち上がる。特に山とは親しくない私がこれほど魅了されたのだから、自然好きの読者が手にしたなら、しばしこの本の世界から出られなくなるだろう。

新潮社 週刊新潮
2019年2月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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