『ある若き死刑囚の生涯』
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読む者の心に刺さるある死刑囚との対話
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
一九六八年、走行中の横須賀線で網棚の荷物が爆発した。死者一人、重軽傷者二八人。犯行当時二四歳の男は、三年後に死刑が確定。純多摩良樹(すみたまよしき)というペンネームで熱心に短歌をつくったが、死刑確定から四年あまりで刑が執行された。
この若い死刑囚との交流をもとに、精神科医であり作家でもある加賀乙彦が、一般の人が接し得ない死刑囚の心の動きを追った。中公新書のロングセラー『死刑囚の記録』ではさまざまな死刑囚を描いた著者だが、今回、『ある若き死刑囚の生涯』では純多摩ひとりに焦点を当てた。
純多摩は無差別殺人を企てたわけではない。冴えない吃音の青年は、以前から、少量の火薬を使って仕事仲間などに「花火」を見せるときだけ存在感をもつことができた。花火だけが、他者に働きかける唯一の方法だった。彼はひとりの女に執着し、彼女が別の男に会いに行くために乗るであろう電車に火薬のいたずらをしかけ、妨害してやろうとした。幼稚だが、真実味のある犯行動機である。
自分のせいで、無関係の人が死んだ。その責任と罪を彼は認めている。それでもなお、「死刑囚の反省」という枠からはみでる複雑な感情がうずまく。彼の短歌も日記もきわめて内省的だが、そのかげに「すべての問題を自分だけが背負って死ねばいいのか。それでみんな幸せなのか」という痛烈な問いかけを秘めているように見える。言えないことと格闘する死刑囚の心をかいま見る。心に刺さる。