黄金夜界(おうごんやかい) 橋本治著

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黄金夜界

『黄金夜界』

著者
橋本 治 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120052101
発売日
2019/07/09
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

黄金夜界(おうごんやかい) 橋本治著

[レビュアー] 清水良典(文芸評論家)

◆心に空洞 現代の悲劇

 今年一月、病気で急逝した著者の遺作である。ちょっと奇妙なタイトルにピンと来る人がいるだろう。明治三十年代の大人気小説『金色夜叉(こんじきやしゃ)』のリメイクなのである。熱海の海岸に立っている貫一お宮の像で有名な、金持ちに許嫁(いいなずけ)を奪われた青年の悲恋と復讐(ふくしゅう)のドラマだ。間貫一(はざまかんいち)と恋敵の富山唯継(とみやまただつぐ)、さらに貫一に言い寄る高利貸しの女、赤樫(あかがし)満枝といった主要人物の名は原作を踏襲。ヒロインの鴫沢宮(しぎさわみや)の名だけは、美也に変えられている。しかし古色蒼然(こしょくそうぜん)とした原作が、見事に二十一世紀の平成末期を舞台とした現代小説に生まれ変わっている。

 美也は芸名MIAを名乗るファッションモデル。二十歳の彼女を越年パーティ会場で見初めた唯継は、ネット内のフリーマーケットサイトで成功した実業家だ。いかにも現代らしい設定である。一方、東大卒業を目前にしたイケメンの貫一は、両親を亡くしたのち美也の父に引き取られ、二人の将来の結婚も許されていた。しかし、美也は唯継の強引な求婚に応じてしまう。

 絶望して家を飛び出した貫一は、廃業前の町工場やブラック企業の居酒屋チェーン店で働きながら、冷徹な野心家に変身していく。

 お馴染(なじ)みのプロットを借りて本書が雄弁に描くのは、バブル崩壊後の急速な価値変動にさらされた侘(わび)しい日本の光景である。富の基盤が不動産からネット内の情報へ移り、貧富の格差が広がる社会で、人生の目標や希望が見出(みいだ)せない心の空洞を誰もが抱いている。唯一の支えである愛さえも信じられない現代の悲劇に、古典的物語は姿を変えた。

 尾崎紅葉が「金色夜叉」を読売新聞に連載したのは一八九七年からだが、ちょうど百二十年後に同紙で本作は連載が始まっている。そして原作は作者の病死によって未完に終わったが、本作は原作の三分の二あたりで力ずくのエンディングに持ち込んでいる。闘病しながら執筆していた著者が、死による未完までなぞりたくなかった気持ちを思うとやるせない。古典を現代語に訳し続けた著者の執念が宿った置き土産である。
(中央公論新社・1836円)

1948~2019年。作家。著書『双調 平家物語』『草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)』など。

◆もう1冊 

『追悼総特集橋本治-橋本治とは何だったのか?』(KAWADEムック)

中日新聞 東京新聞
2019年8月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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