• 川っぺりムコリッタ
  • 黄金夜界
  • ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
  • 〈性〉なる家族
  • 警察庁特命捜査官 水野乃亜 ホークアイ

中江有里「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めガイド

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

「お前とはもうこれで終わりだよ」こんなセリフから始まる荻上直子『川っぺりムコリッタ』は母に捨てられた男の再生を描く。

 罪を犯した「僕」が刑務所を出て流れ着いた「ハイツムコリッタ」。そこに住む訳アリ大家と一風変わった住人たちとの交流が始まる。そんなある日「僕」の父の訃報が届いた。

 色褪せた「僕」の心を色とりどりの可笑しみが縁取っていく。

 橋本治『黄金夜界』は尾崎紅葉の『金色夜叉』を現代に蘇らせた一作。一夜にして婚約者と家と金をなくした東大生の貫一はホームレスへと転落し、バイトでは不当に搾取をされ続ける。一方、親の言うままIT企業社長と結婚した美也は凡庸なモデルからセレブ妻として注目を集めるが、結婚生活には退屈していた。二人の生活を俯瞰する第三者の視点が挿(はさ)まれ、現代人の欲望を鋭くとらえる。

 ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』はイギリスの「元・底辺中学校」に通い始めた「僕」の日常を著者である母が綴る。差別、貧困、教育格差……降りかかる問題を「僕」は大人よりもずっと柔軟に超えていく。イギリスの教育事情も興味深い。

 信田さよ子『〈性〉なる家族』は臨床心理士の著者が実際に家族内に起きた性にまつわる問題を紐解いていく。性暴力、DVなどの過去に苦しむ被害者に「過去は変えられる」と著者は言う。新たな言葉を学習し、解釈し直すことで、被害者に責任がないことを伝え続け、逆に加害者には責任を学ばせる重要性を訴える。

 初瀬礼『警察庁特命捜査官水野乃亜ホークアイ』は写真を記憶して犯人を見つけ出す「見当たり」の描写が生々しく迫る。防犯カメラと連動した衆人環視システムの性能もリアルで、一気読みの一冊。

新潮社 週刊新潮
2019年8月15・22日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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