[本の森 SF・ファンタジー]『人間たちの話』柞刈湯葉

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人間たちの話

『人間たちの話』

著者
柞刈 湯葉 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784150314200
発売日
2020/03/18
価格
814円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『人間たちの話』柞刈湯葉

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 間口が広く、奥は深い。六作を収めた柞刈湯葉の初の短編集『人間たちの話』(ハヤカワ文庫)は、あの『横浜駅SF』同様、緻密に構築された物語世界に読者を誘い、心地よい疲労とともに現実へ帰してくれる、そんな一冊だ。

 冒頭の「冬の時代」の舞台は、気候変動の影響で百年前から雪と氷に閉ざされている日本。南にあるという春の国を目指して、十九歳のエンジュと十二歳のヤチダモが大地をゆく。ゲノムデザインされた動物を狩って食べ海沿いを下っていた二人は、あるとき自動運転の除雪車を見つけ乗り込む。車はかつて高層ビルだったらしき朽ちた建物の前で停止し、二人は久しぶりに人間(のような生き物)に遭遇するが――。

〈昔、冬が来た頃に、みんな子供に木の名前をつけるようになったんだよ。また春が来て草花が生えて、木々が芽をつけるように、って願いをこめて〉

 南方出身の母から聞いたのであろう知識を披露するヤチダモ。一部分しか知らない春の歌を歌うエンジュ。白くあかるい絶望の中を進んでいく二人の足音が読後も耳元で響いている気がする。その音を感じながら次の「たのしい超監視社会」を読み始めると、こちらの舞台は三十億人もの国民が相互に監視し合う国。反体制派の老人が口にする〈今や国民を支配するのは、見られているという恐怖ではない。見ているという楽しさなのだ〉という言葉に肌が粟立つ。本書でもっともピースフルな「宇宙ラーメン重油味」は、宇宙人の体質にカスタマイズしたラーメンを出すことで評判の地球人の店主が、謎の巨大生物からのオーダーに奮闘するユーモアSF。アパートの部屋に置かれていた大きな岩を受容するまでの男の心理を描いた「記念日」、透明人間(少年)の切実でせつない片恋ストーリー「No Reaction」。愉快だったり意表を突かれたりするそれらの物語の中で、表題作は確かな質量を持って読者に迫ってくる。

 三十五歳の科学者、新野境平(しんのきょうへい)は、火星に生命体が存在することを国際会議で「認定させる」役割を担っている。子どもの頃から〈自身に理解できず、自身を理解しようとしない〉完全なる他者を求めていた境平は、ミッションを完遂したものの、実のところ自ら解析を手掛けた岩石内のアミノ酸の「増殖活動」を「生命」だと思っていたわけではなかった。自分はなぜ圧倒的に異質な生き物を発見したいと思い続けてきたのか。その希求の正体を教えてくれたのは、失踪した姉の息子、十二歳の累(るい)だった。

 累のある言葉によって、境平が長年の自問の根源を見出す場面は感動的だ。境平の孤独が求めていたのが「分かり合える他者」ではなかった理由に心を揺さぶられる。実存とはなにかという普遍的な問いのひとつの答えがここにある。

新潮社 小説新潮
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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