型にはまった世界をぶち壊す対照的な二人の女と“鬼婆の魔術”

レビュー

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ババヤガの夜

『ババヤガの夜』

著者
王谷晶 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309029191
発売日
2020/10/22
価格
1,650円(税込)

型にはまった世界をぶち壊す対照的な二人の女と“鬼婆の魔術”

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 型にはまった世界をぶち壊せ。

 王谷晶『ババヤガの夜』を読みながら、自分を縛っている見えない鎖が一本ずつ砕けていくのを感じた。凄まじい小説だ。女性同士の紐帯を主題とした二〇一八年の連作短篇集『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)で読書界において注目されるようになった王谷は、本書によって、自分が最も今の時代に必要とされる存在であることを証明したのである。それほどの力がある。この小説を求めている読者がいる。

 新道依子(しんどうよりこ)は、幼少時から祖父に武術を仕込まれてきた女性だ。ある日彼女は暴力団に拉致される。持ち前の戦闘能力を発揮して男たちを倒していく依子は、抵抗すれば番犬を殺す、と脅されて投降する。けしかけられ、自分に襲いかかってきたドーベルマンだが、犬に罪はない。

 捕らえられた依子に、暴力団会長の内樹は一人娘である尚子のボディガードを命じる。依子が同じ女だからだ。おかしな真似をした前任者の男は嬲(なぶ)り殺しにされたという。

 野獣のように生きてきた依子と文字通りの箱入り娘である尚子の関係性が次第に変化していく。本書にはミステリーとしての構造が備わっており、驚くべき仕掛けが施されている。後半のある箇所で世界が転覆したように見えるのは、それが知らない間に型にはまった考え方をしてしまっていた読者の思い込みを崩すからだ。まず、この世界を壊せ。話はそこからだ、と作者は言うだろう。

 暴力団においてはどんなろくでなしでも男は女よりも信用される。その事実をつきつけられた依子が「何が“この業界”だ。世の中みんなそうだろう」と言い返す場面が序盤にある。物語のすべてはその箇所に集約されていると言ってもいい。題名にある「ババヤガ」とはスラブ民話に登場する鬼婆の呼称である。くだらない世界を破壊する鬼婆の魔術を、二人の女性は身につけていくのだ。悪の拳と毒の矢がすべてを打ち砕く。

新潮社 週刊新潮
2020年11月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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