「これほど『書ききった』という手応えがあった小説はありません」――『ワンダフル・ライフ』著者新刊記念インタビュー 丸山正樹

インタビュー

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ワンダフル・ライフ

『ワンダフル・ライフ』

著者
丸山正樹 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913847
発売日
2021/01/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『ワンダフル・ライフ』刊行記念  丸山正樹 インタビュー

[文] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)


丸山正樹さん

ろう者のための法廷手話通訳士を描いた「デフ・ヴォイス」シリーズなど、

唯一無二の物語を紡いできた丸山正樹さん。

一月に刊行された『ワンダフル・ライフ』は、丸山作品の「新境地にして真骨頂」と感嘆の声が寄せられる話題作だ。

 ***

――これまでろう者を取り巻く社会と犯罪の不条理を、手話通訳士という存在を媒介に描き出す「デフ・ヴォイスシリーズ」を始め、社会的弱者の声を掬)す)い上げる無比のミステリをお書きになっていらっしゃいます。最新刊の『ワンダフル・ライフ』でも障がいはテーマの一つですが、より普遍的な、人間讃歌とも言うべき作品でした。

丸山 ありがたいことに、TwitterなどSNSにも多くの感想をいただけてほっとしています。題材は重くても、私自身は“初のノンミステリ”を目指し純粋に小説として面白いものをと挑んだ作品でした。ところが編集者さんからは「サプライズのあるミステリですね」と言われ、読者からも「最後にえっ、となった」「してやられた」という声がいくつもあって、そこは意外な反響でした(笑)。おそらく作中のある仕掛けのせいなのですが、一応ヒントというか、伏線は出しているので、気がつく人はかなり早い段階で気づいてしまうだろうなと思っていたんですよね。

――頸髄損傷という重い障がいがある妻を自宅介護している五十歳の〈わたし〉の物語から始まり、一年限定の妊活を始めた一志(かずし)と摂(せつ)、直属の上司・橋詰(はしづめ)と不倫中の岩田(いわた)、ネットの〈映画フォーラム〉や〈障害者フォーラム〉を通じて意気投合した俊治(としはる)と女子大学生のGANCO、四組の男女の人生が描かれていきます。冒頭からちょっとつらいですよね。重度障がい者である妻を献身的に介護しながら、妻に感謝されることもない夫の状況に、思わず同情してしまいました。

丸山 〈やってられない〉という心情的な部分は別ですが、介護生活の様子や具体的なケアはほぼリアル。ああいうものだと思っていただいていいと思います。別れて生活することを選ぶ夫婦も多く、夫婦間介護が難しい問題だというのはわかっています。実は私の妻も同じ頸髄損傷の障がいがあるのです。そのことと、妻の介護を自分でしているので仕事に時間的な制約があることについては、デビュー時から出版社の方々には打ち明けていました。それで何人かの編集者さんからは、体験を小説にしてみてはどうですかと提案されてはいました。自分のことを書くのは面映(おもはゆ)いという気持ちがある一方で、作家としての自分からは、正対して書かなくてはいけないと突き上げられてはいて。ただ、どう書けばいいのか、書いたものを周囲はどう思うだろうかなど、あれこれ考えてしまい、なかなか踏ん切りがつかなくて……。

――その気持ちが変わったきっかけはなんですか。

丸山 一つは、2016年、津久井やまゆり園の「相模原障がい者施設殺傷事件」です。事件そのものにも憤りと絶望を覚えましたが、もう一つショックだったのは、ネットで植松(うえまつ)被告(死刑判決が確定)を擁護するまではいかなくても、気持ちはわかるという声が散見されたことです。暴力はいけないが、植松被告の主張に倣(なら)うような「意思疎通も身の回りのこともままならないような障がい者は生きていても迷惑をかけるだけ」という論調が少なくなかった。それは違うと否定したかったんです。なので、最初は、事件を彷彿(ほうふつ)させるような流れで、障がい者施設で働いていた青年が次第に思想を変化させていく様子を書くつもりでした。けれど、事件の背景など直接にはわかり得ないことも多いし、事件をそのままなぞるような書き方はどうかと考え直しました。

――あの事件は、多くの人の中に潜んでいた差別意識、程度の差こそあれ、自分もまた植松被告と地続きの考え方をしてはいないだろうかと、ある種の歪(ゆが)みを浮き彫りにしました。

丸山 そうです。そのことを私自身も問うたし、書くことで、自分も問われると思いました。実際、妻がいない方がいいと思ったことはないのかと問われたら、一度もなかったとは言えないですよ。ならば、あったかもしれない思いを立脚点に書くべきではないのかと思ったのが本当のスタートですね。自分の体験をベースに、あの事件を遠景として「優生思想」へのアンチテーゼになるような小説を書ければいいなと。

――これまでの丸山作品と違うのは、実際に妻の介護をしている夫や、障がい者ボランティアに関心を持っている女子大学生など、理解者の側の中にもあるダークな部分を率直に描いていることですよね。

丸山 介護をしていると、どうしても不遜(ふそん)になる部分があるんです。介護されている人から文句を言われたりすると、「こんなにやってあげているのに」とモヤモヤすることもある。家庭介護、職業的介護もどちらも同じだと思うので、複数のケースを書こうとは思っていました。いまだから言えますが、執筆にエンジンがかかるまでは時間がかかりました。自分でも形になるか不安になって、構成が定まっていないころから少しずつ編集者さんには見せていました。「これはちょっと難しいですかね」と言われたら止めていたと思います。でも、「面白いと思います」という大きなエールと、物語をまとめる自分には見えていなかったヒントをもらったんですね。そこから一気に筆が進みました。

――一志と摂の夫婦は、一年限定の妊活は実りませんでした。そこで特別養子縁組を検討したいと言い出す妻に夫はとまどいます。その団体では、子どもを選ぶことができないので、障がい児であっても受け入れなくてはいけないという設定です。不妊の問題や出生前診断が進んだ社会では、子どもの誕生も優生思想と絡むことになりました。とても現代的です。

丸山 最初は、あえて障がい児を引き取るという展開も考えたんです。しかし調べていくうちに、性別はもちろんのこと、「障がい・病気の有無を選べない」というのも条件の団体があると知って、なるほどなと。考えてみれば、実の子でも選べないことですよね。誰もが重い選択を迫られる事態と無縁ではないというのは書きながら再発見したことです。

――作中に、新聞記事風にした親による障がい児殺しの事件を羅列する下りがあります。どんな思いで書かれましたか。


丸山正樹さん

丸山 事件そのものは創作です。しかし、障がい児のケア介護の負担を地域ではなく親に押しつけ、限界を超えてしまって事件になるケースは実際に起きているわけです。『障害者殺しの思想』(横田弘著 現代書館)という1970年代の本が2015年に復刊していて、巻末の参考資料の他、これも参考になりました。障がい児について「親の気持ちは理解できるから共感する。けれど障がい児自身の気持ちはわからないから理解できない」と言う。自分たちとは違う人間だと考えて、想像もしないのでしょう。と言っても私自身もわからないんです。それでも差別を考える上で当事者性は特に大事だと思っていましたし、書くことにひるんでいてもしょうがないので、振り切って書いてみました。当事者に言わせれば、全然違うのかもしれないから、もちろん書き終えたいまでも不安はあります。

――障がい者の恋愛の問題や性の問題にも踏み込んでいらっしゃった点もよかったです。

丸山 ネットで知り合った青年と女子大学生の話ですね。あと、女性の不倫相手の上司の親のことや子どものこと……。実はその二つはデビュー前から考えていた話です。特に不倫話は、10年以上前に男性目線で書いたこともある。ある新人賞で、最終選考に残ったものです。今回女性目線に書き直したらまったく違う物語になったので活用できました。

――本作は、登場人物たちの成長や変化を書く物語でもあったと思います。それがタイトルの〈ワンダフル・ライフ〉とも呼応していますよね。どういう人生も、どんな選択も、その人自身が決めたことは美しいのだという。

丸山 この結末がハッピーエンドなのかそうではないのか、読む人によっても違うかもしれません。後者なら、そのタイトルは反語的ですよね。それでももう一度ひっくり返して、そう言い切ってもいいのではないかと思ったんです。一つ伝えたいメッセージとして、人は変わるものだというのがあります。〈わたし〉の妻はとてもきつい性格として描かれていますが、長期の障がいを抱えていれば、そうなるだけの特別な理由があったというよりは、そうなっていくギリギリの生もあるのだと。誰もが経験や環境や境遇で変わるし成長していくのが自然だと思います。振り返って、これほど「書ききった」という手応えがあった小説はありません。早い段階から「これを自分の集大成にしますから」と宣言していた通り、まさにこの先、何を書けばいいのか途方に暮れています(笑)。

(文・三浦天紗子 写真・白倉利恵)

光文社 小説宝石
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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