地域福祉の2000年体制――マネジメントによる地域福祉の革新

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地域福祉マネジメント

『地域福祉マネジメント』

著者
平野 隆之 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784641174573
発売日
2020/03/25
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

地域福祉の2000年体制――マネジメントによる地域福祉の革新

[レビュアー] 武川正吾(明治学院大学教授)

 平野隆之著『地域福祉マネジメント』(2020)は「2000年から2020年にかけての日本の地域福祉に関する総括の書」であると思う。

 地域福祉とはあまり関わりのないところで生活しているひとは、ここで「総括」という言葉を使うことに対してとくに反発を感じることはない(あるいは無関心である)かもしれない。しかし地域福祉の研究者の多くからは反発が予想される。というのは本書で語られていることの多くが、地域福祉の活動そのものというよりは地域福祉の行政に関することがらであるからだ。総括というにはあまりに一面的ないし部分的だとの反論が予想される。

 しかしここであえて総括としたのは、本書でも明らかにされているように、この20年間の先進的な地域福祉が、基礎自治体を中心としたマネジメントによって展開してきたといった事情があるからである。児童福祉には児童福祉法が、高齢者福祉には老人福祉法があり、これらの分野別社会福祉にとっての資源は比較的わかりやすい。ところが地域福祉の場合はそうではない。社会福祉法のなかに地域福祉に関する一般的な定義があるものの、地域福祉法といった法律があるわけではない。社会福祉法に定められた共同募金や社会福祉協議会はともかく、何が地域福祉のリソースであるかということが、にわかには分かりにくいのがこの分野の特徴である。老人福祉施設や老人福祉サービスの存在は明確だが、地域福祉施設や地域福祉サービスが明確な形で存在しているわけではない。このため潜在的な地域福祉のリソースを掘り起こして、それらをマネジメントすることが地域福祉推進にとって不可欠な仕事となってくる。したがってそこに焦点を当てて20年間を語ることが地域福祉20年の総括ということになる。

本書の背景

 本誌(『書斎の窓』)の読者の大多数は、地域福祉の専門家ではないと思われるから、この本が書かれねばならなかった背景については少し説明をしておいた方がよいと思う。かくいう評者も生半可な専門家でしかないのでおぼつかないところはあるが、半分素人であるがゆえに、かえって本書を読むためには何を前提として知っておいた方がよいか(本書が何を自明の前提としているか)について語ることができると思う。

 日本語の地域にはコミュニティという意味とリージョンという意味があるが、ここでの地域はコミュニティである。したがって地域福祉とはコミュニティの福祉のこととなり、著者は地域福祉をCommunity Welfareと訳している。ところで、ここ数十年多くの領域でコミュニティ・ベースト(あるいはコミュニティベース)という形容句がいろいろな分野で頻繁に用いられてきた。「地域に根ざした」とか「地域に密着した」といった意味合いである。知りうる限りでもハウジング、リハビリテーション、ヘルスケア、精神保健、開発、教育などの分野で、コミュニティ・ベーストが謳われている。地域福祉もそうしたコミュニティ・ベーストの大きな流れのなかにある。

 現在では地域福祉の推進が国の行政施策として位置づけられているが、これは2000年に社会福祉法が成立して以降のことである。同法の第1条で、同法の目的の1つが「地域福祉の推進」とされた。またこの目的を実現するため市町村が地域福祉計画を策定し、都道府県が地域福祉推進計画を策定することとなった。なぜこのことを強調するかというと、それ以前には、行政が行うのが「社会福祉」で、社協(社会福祉協議会)が行うのが「地域福祉」といった考え方があり、社協が「地域福祉計画」を策定することもあったからである。しかし2000年の法改正によって地域福祉計画は市町村の行政計画が、いわば名称独占することとなった。

 こうして地域福祉に関しては2000年に現在の体制が成立したと言える。この法改正の背後には地域社会や地方自治の変化が控えていた。評者は拙著(『地域福祉の主流化』2006)のなかで、こうした一連の変化のことを「地域福祉の主流化」と呼んだことがあるが、著者が本書で扱う対象は、評者にいわせれば主流化以後の地域福祉である。あるいは「2000年体制」(「2000年レジーム」)のなかでの地域福祉ともいえる。

地域福祉の2000年体制とマネジメント

 発足当初のこの体制はいくつかの問題を抱えていたと評者は考える。

 第1は、地域福祉計画の残余性と総合性である。地域福祉計画は、法文上は「地域における社会福祉」の計画であるから、基礎自治体による社会福祉の総合計画であってもよかった。実際そのような指向性をもって計画を策定した自治体もあった。しかし他方で、1990年代からすでに高齢者、子ども、障害のあるひとのための行政計画が存在していたから、地域福祉計画はそれらとの差別化を図らざるをえなくなり、このため「制度の隙間」が強調されることになる。したがってこの計画は総合性を求められながら、既存の計画の残余的な性格を帯びざるを得なくなったのである(但し2019年の法改正によって、地域福祉計画は社会福祉分野における他の計画の上位計画として位置づけられた)。

 第2は、地域福祉に関する政府間関係である。地域福祉を日本地域福祉学会はCommunity developmentと訳している。地域開発、まちづくり、地域づくりなどのイメージである。ボトムアップの力をトップダウンの計画で作ることができるかという根本問題はあるが、それはおくとして、地域を一番よく知りうる立場にある政府は住民にとっての「最初の政府」としての市町村である。しかるに地域福祉の推進は中央政府の施策でもある。このため学校建設や特別養護老人ホームの設置などの場合と同様な形で、国や都道府県が市町村や地域福祉に関与することは難しい。

 第3は、著者のいう「制度福祉」(法定の福祉サービスであるが、経営は政府非政府のいずれでもある)と「地域福祉」(制度外の福祉サービス・福祉活動ということになる)との関係である。第1の問題とも関係するが、制度の隙間を生まないように両者の関係をどう作っていくかということが地域福祉を推進するうえでの重要課題となる。

 こうした2000年の体制が抱えていた問題を解決すべく登場するのが、本書でいう地域福祉マネジメントである(但しこれは評者の解釈であって、著者は異論を唱えるかもしれない)。

本書のメッセージ

 本書は3部から成る。第I部は本書全体の理論的枠組を示し、第II部と第III部は事例研究(フィールドワーク)を素材に地域福祉マネジメントを考察する。第II部は「新たな支援理念を支える地域福祉マネジメント」と題し、介護保険、生活困窮者自立支援、権利擁護支援といった3つの制度福祉と関係する地域福祉マネジメントを取りあげる。第III部は「地域福祉マネジメントによるローカルガバナンスの展望」と題し、自治体による地域福祉マネジメントの取り組みを取りあげる。具体的には、高知県中土佐町、滋賀県東近江市、兵庫県芦屋市の3つの自治体である。

 著者によれば、本書が扱うのはミクロの実践やマクロの政策から区別されるメゾの領域である。そこは基礎自治体が責任をもつ領域であり、地域福祉計画や地域福祉プログラムが展開される領域である。そしてこの領域を強化するために必要なのが基礎自治体によるマネジメントである。マネジメントの内容は、通常、経営や管理といった意味で用いられるが、本書で用いられるマネジメントの意味は次の言葉のなかに縮約されている。「地域福祉には協議・協働の場が不可欠であり、その場において公民の合意形成がなされ、それらのプロセス自体がマネジメントである」(6頁)。端的に言うと「公民協働の場における合意形成のプロセス」ということになる。

 本書では、これ以外にも多くの新しい概念が提起されるが、とくに目を引くのは「地域福祉の容器」と「加工の自由」である。

 「地域福祉の容器」はミクロの地域福祉実践が累積される場のことを意味し、そのための条件整備を行うことも地域福祉マネジメントとなる。なおこの概念は宮本憲一の「容器の経済学」の地域福祉への援用である。

 また「加工の自由」は、国の地域福祉行政に対する自治体の裁量を意味する。本書の帯には「政策化が進む地域福祉に、自治体による加工の自由を」と書かれている。本書のなかでは地域福祉マネジメントとともに「加工の自由」が最も重要な概念の一つとなっている。

 第II部と第III部では第I部で示された枠組を駆使しながら、多くの事例が分析される。あまりにも情報量が多いので、それらを逐一要約して紹介しても無味乾燥になってしまうであろうから、評者が全体を通じて読み取って、興味深かった点を述べることにとどめたい。

 それはこの20年の間に地域福祉が大きく変わったという点であり、また「地域福祉の古い考えを修正すること」(184頁)が必要となっているという点である。

 例えば、20年間における地域福祉計画のありかたの変化が顕著である。著者も指摘するように、当初は、計画策定への住民参加が重視された。評者も、策定された計画それ自体よりも策定のプロセスへの参加の方が重要だと説いたことがある(前掲拙著)。しかし著者によれば、いまは計画の策定プロセスよりも進行管理の方がより重要となっている。進行管理は住民参加を排除するものではないが、そこではマネジメントの機能が必須となってくる(現在、大学教育で教学マネジメントが叫ばれているが、これと共振してのことだろうか)。なるほどと思う。

 また著者は「計画策定による総合化の段階よりも、その進行管理の場における協議を通した包括化が、より効果的である」ともいう(150頁)。これは地域福祉計画がマネジメントを通して、既述のように2000年体制の当初から伏在していた総合化の方向に進んでいるということではなかろうか。さらに、現下の国の政策である「地域共生社会」には(理由は不明だが)(評者の見落としでなければ)言及することなく、日本の地域福祉が地域包括支援や成年後見などとも融合し、社会福祉にとどまらず、まちづくりや、さらには地方自治そのもの(永田祐『ローカル・ガバナンスと参加』)へと広がっていくさまが、本書の第II部・第III部から読み取れる。

 本書は、同時代に(評者とは異なり)多くのフィールドワークを手がけてきた著者ならではの作品であると思う。地域福祉マネジメントは国の事業をいかにうまく利用して自治体が自ら望むことを実現していくかということでもあると思うが、これは自治体の担当者ならすでにやってきたことであろう。こうした事実上の地域福祉マネジメントを発掘し、普遍化し、また外形的には別々に見えるもののなかから共通なものを抽出してくるというのが本書の特徴である。新しい概念が次々と出てくるので読むのに苦労するが、事実上すでに地域福祉マネジメントを実践してきた人々にとっては、自分たちの試行錯誤が理論化されたことで勇気づけられるのではないだろうか。

 地域福祉マネジメントという用語が地域福祉事典に掲載される日も近いと思う。

有斐閣 書斎の窓
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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