『石橋湛山の65日』
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石橋湛山の65日 保阪正康著
[レビュアー] 御厨貴(東京大学先端科学技術研究センター客員教授)
◆傘下武将に担がれ、もまれ、去る
タイトルが気に入った。『石橋湛山の65日』。ズバリ湛山論の本質を突いている。たった六十五日間、ほとんど現実には何もなしえなかった首相の存在が、いつまでもノドに刺さった魚の骨のように痛む時がある。
戦前のリベラリストとしてのジャーナリズムにおける戦いは確かに華々しい。しかし、戦後、政治家に転じてからの湛山は公職追放の憂き目にあって以来、反吉田茂内閣の姿勢から保守合同への道を進むも、鳩山一郎内閣では大蔵大臣のポストにつけず、通産大臣に甘んじる。そのことが、湛山の中に「ヒラの大臣ではだめだ」という積極性を生み、それは取りも直さず首相狙いの心象を明確にしていく。このあたりの著者の筆さばきは見事だ。
首相取りの戦いのあり方、石橋派という派閥のあり方も、後に普通に考えられているものとは明らかに異なっていた。あくまでも中心には湛山が据えられているが、大将自らは決して前へ出ようとしない。湛山を首相にと熱烈に願う傘下の武将の動きにすべてを任せている。そして反岸信介かつ石井光次郎との二位、三位連合なる戦略を明確にしつつ、石橋派も勢力を増やしていく。これまさに短期決戦の戦法にほかならない。
湛山は戦法よろしく勝った。しかし、傘下の武将たちにもみくちゃにされ、病を得て直ちに首相の地位を降りた。著者は淡々とした筆致で湛山の潔さをたたえる。吉田の往生際の悪さをかなり書き込んでいたのは、このことを浮き彫りにするためであったかと知る。
ただ、湛山の往生際の良さは、自ら動かず周囲が担ぐタイプの派閥をたちまち雲散霧消させてしまった。驚くほど早く石橋派は解体し、傘下の武将は散り散りになった。湛山の存在も余りに湛山とは異なる岸首相の政局運営のあり方のために単なるひとつのエピソードと化していく。
かくて「石橋湛山の65日」は今の自民党事情の中において「短きが故に尊し」の感慨を読んだ者にかみしめさせる効果を持っているのだろう。
(東洋経済新報社・1980円)
1939年生まれ。ノンフィクション作家。著書『あの戦争は何だったのか』など。
◆もう1冊
半藤一利著『戦う石橋湛山』(ちくま文庫)