政治闘争としての慶安の変をミステリー的プロットで読み解く

レビュー

6
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真・慶安太平記

『真・慶安太平記』

著者
真保 裕一 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065249987
発売日
2021/10/28
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

政治闘争としての慶安の変をミステリー的プロットで読み解く

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 かつてない『慶安太平記』。

 真保裕一が作家生活三十年の書き下ろし長篇として世に問う『真・慶安太平記』が破格のおもしろさである。ミステリーで実績を積んできた作者は近年、時代小説にも活躍の場を拡げつつある。本書はそのジャンルにおける代表作になるはずだ。

 駿河国出身の軍学者・由比正雪が徳川幕府転覆を狙い、三代将軍家光逝去の混乱に乗じて事を起そうとした。謀が事前に漏れていたため企ては失敗に終わったのだが、『慶安太平記』はこの変事に至るまでの経緯を正雪の下に集った者たちの群像劇として描く物語で、歌舞伎や講談などの演目としても名高い。

 本書の主人公は保科正之だ。家光の異母弟にあたり、小藩に養子に出されたために数奇な生涯を送った。彼が才覚を見出されて家光に登用されていく過程が物語の縦糸となる。

 正之と敵対するのは老中・松平信綱である。知恵伊豆と呼ばれた幕閣だが、本書においては、権謀術数に長けた狡猾な人物として登場する。信綱や、家光の乳母・春日局といった幕府の中枢にいた人々が、政争の中でいかに非情に徹していたかが描かれていくのである。幼い頃に辛酸を嘗めたこともあって人間的な心の持ち主である正之は、こうした権力者のありように馴染めず苦悩する。

 政治闘争の物語が、いかに慶安の変という事件に結びついていくか。作家としてはそこが腕のみせどころで、ミステリー的なプロットを用いて読者を力強く誘導していく。この先の読めなさは尋常ではなく、作者の企みを知ったときには誰もが驚愕するはずである。伝奇小説的な着想を見事に史実と重ね合わせた手際を称賛したい。よく知られた題材が真保によってまったく違った物語として生まれ変わった。

 権力者の横暴を弱者はいつも黙って受け容れるしかない。そうした歴史の残酷さを描いた小説でもある。読むと胸が猛る。そこがいいのだ。

新潮社 週刊新潮
2021年11月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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