『東方旅行記』のスピンオフ? ありえない、起こりえないものに満ちた物語の拡張を楽しむ一冊

レビュー

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アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険

『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』

著者
宮田珠己 [著]/網代幸介 [イラスト]
出版社
大福書林
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784908465161
発売日
2021/10/11
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』宮田珠己

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 十四世紀後半頃にジョン・マンデヴィルという人物が著した『東方旅行記』なる書物がある。イングランドを出発し、コンスタンティノープル、エルサレムやバビロン、さらにその東にあるオリエントの国々を訪れた紀行もの。不可思議な風習や奇妙な生き物の描写は遠い異国への興味をそそり、当時の聖職者らがこぞって読んだと言われている。世界一周は可能だとする説はコロンブスにも大きな影響を与え、写本の数はマルコ・ポーロ『東方見聞録』の四倍近くあるらしい。日本では大正時代に紹介された実在する(つまり本当にある)本だ。

 宮田珠己『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』(大福書林)は、ジョンの息子アーサーがローマ教皇ウルバヌス六世から呼び出しを受けるところから始まる。亡き父の「ベストセラー」にかかわる件だろうと思い、アーサーは憂鬱になる。彼は知っていたのだ。旅をしていたとされる時期に、父が地元で家族と暮らしていたことを。つまり冒険なんかしていなかったことを。ああ、ペテン師の子供として、自分は糾弾されるのではないか……? 重い気持ちで教皇庁を訪れたアーサーにもたらされたのは、『東方旅行記』に記されている奇跡の国「プレスター・ジョンの王国」へ出向き、親書を届けよという命令だった。

 かくしてアーサーは、異母弟のエドガー、曲者の修道士ペトルスと共に、でたらめだと分かっている父の本を携えて旅に出る。苔と羊歯で埋め尽くされた庭の手入れが生き甲斐のアーサーにとって、旅なんぞ最も忌避したいものだったが「かつてスキタイと呼ばれた国」に「先端に子羊が実る植物」があると聞き、うっかりやる気を出してしまったのだ。三人は道中、魚にまたがる女戦士、気前の良さを競う犬頭人、秘術によって少女と赤えいに変えられてしまった水族のカップル、巨大な蟻がいる島で働く母子らと多生の縁を重ねながら、あるかどうかもわからない王国を目指して歩を進める。やがて彼らがたどり着いた「最果ての国」とは――。

『東方旅行記』は著者宮田氏の愛読書だという。この虚構の旅行記を種本に作り上げられた、スピンオフとも言える本作の楽しさと言ったら! 偏屈さを自覚しているアーサーが大活躍したりしないのもいいし、ラスト近くで「ほら話の存在意義」を感じさせるエピソードが出てきて胸を熱くさせるところもにくい。ありえない、起こりえない、そんな「えない」ものに満ちた物語はどこまでも拡張していくのだということに思わず笑みがこぼれてしまう。

 読みながら、紙の手触りが気持ちいいなあ、と思っていた。装画を担当している網代幸介氏が手がけたカラー16ページの豪華なじゃばら口絵、その口絵の解説と宮田氏による選書リストが載ったリーフレットも大充実。「書物」という言葉が相応しいこの一冊、愛蔵版になりそうです。

新潮社 小説新潮
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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