現代社会を映し出す、「社会と個」が絡み合う濃密な時代小説 青山文平『底惚れ』

レビュー

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鬼はもとより

『鬼はもとより』

著者
青山文平 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198942656
発売日
2017/10/05
価格
737円(税込)

書籍情報:openBD

底惚れ

『底惚れ』

著者
青山文平 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198653767
発売日
2021/11/20
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 歴史・時代]『鬼はもとより』青山文平/『底惚れ』青山文平

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 青山文平という書き手は、今を生きている私たちが抱える様々な問題と重なる時代小説を世に送り続けてきた作家だ。

 大藪春彦賞受賞作であり、直木賞の候補作にもなった名作『鬼はもとより』(徳間書店)は、氏の代表作である。

 江戸時代中期、地方の小藩の武家で御馬廻りだった主人公が、藩の財政を立て直すため藩札掛を拝命する。真摯に藩札の仕組みを学びながら、藩の財政を立て直した矢先に冷夏と飢饉に襲われ、主人公は道を踏み外して藩を守るよう上役から圧力をかけられるのだった。

 悩んだ末に藩札の原版を抱えて脱藩し、江戸で藩札指南を営む浪人として東北の海に面した小藩の財政再建に挑むこの作品は、財政の立て直しや産業育成、流通改革の目的が、民を豊かにするという目的から逸れない形にすることの大切さを問うていた。

 消費税率を5%から8%に引き上げた結果、個人消費が低迷して景気が腰折れし、デフレから脱却できずに不安が広がっていた当時の状況を見事になぞった作品だった。

 氏の最新刊『底惚れ』(徳間書店)もまた、現在の格差による分断から生まれる軋轢や、社会の中の個という存在を重ね合わせていた。

 主人公は、欠け落ちて来た江戸で一季奉公として糊口をしのぎ四十過ぎまで生き延びてきた「俺」。勤めていた武家屋敷の用人から御老公のお手つき女中・芳の故郷への道連れを命ぜられる。道中、俺や芳の、江戸で生きているが、江戸には加わることもかなわない江戸染まぬ輩たちの孤立が少しずつ浮かび上がってくる。

 旅の途中、まっすぐだが浅はかな行動がもとで芳に刺されるが、なんとか一命を取りとめた俺は、人を殺めたと思い込み行方をくらました芳を探しはじめる。一文無しの芳が暮らしていくためにしかたなく身を寄せるのは岡場処だと考え、入江町の女郎街に辿り着き、女郎屋を営むところから物語が一気に動き出す。芳に刺されてからわずか一年、俺は七軒の楼主となり、さらには損料屋としても成功を収めるのだった。

 芳への想いもさることながら、ここまでの成功を支えたのは、かつて働いた武家屋敷の下女の信と、入江町の路地番の頭である銀次だった。二人もまた江戸染まぬ輩だった。

 流動の民であふれている江戸は、最底辺の暮らしを受け入れて生きている者達が下支えしている。俺や銀次、そして信を、江戸染まぬ輩としてではなく、一人の人間として描くことで社会と個が絡み合い、濃密な物語となっていた。

 ぜひ江戸染まぬ輩たちの声を聞いてほしい。

新潮社 小説新潮
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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