おもちゃ 河井案里との対話 常井(とこい)健一著

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おもちゃ 河井案里との対話

『おもちゃ 河井案里との対話』

著者
常井 健一 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163914701
発売日
2022/02/09
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

おもちゃ 河井案里との対話 常井(とこい)健一著

[レビュアー] 内田誠(ジャーナリスト)

◆政権に愛され、捨て去られ

 夫の河井克行元法相とともに公職選挙法違反(買収)で逮捕・起訴され、有罪判決後に議員辞職した河井案里氏の事件については、ご記憶の方も多いだろう。事件は、検察が被買収側の地元政治家ら百人のうち、検察審査会が「起訴相当」とした三十五人中三十四人をいっせいに起訴し、ようやく「買収側」と「被買収側」が出そろう形となった。

 当選直後から案里氏の取材を始めていた著者は、本人と家族、地元政治家らとの面談、メールや電話でのやりとり、公判の傍聴などを通して、案里氏の生い立ちから、広島県議としての活動までを描き出している。そして、案里氏が夫とともに立候補を画策し、当選に至った参院選で何が行われたのか、時系列的に再現が試みられている。

 安倍晋三首相(当時)の前のめり姿勢、「安倍秘書軍団」の「活躍」などを通じて見えてくるのは、政権側と河井側の狙いが、同じ自民党・溝手顕正氏の再選を阻止したうえでの案里氏当選だったという、実にグロテスクな事実だった。ただ、事件の醜悪さの核心、自民党本部から振り込まれたという一億五千万円の原資及び使われ方などについて、新しい知見は見当たらない。本書にその解明を委ねるのはお門違いなのだろう。

 著者は、案里氏に「どこか生きづらそうな感じ」を覚えたという。案里氏自身はその「生きづらさ」を抱えた自分を「権力のおもちゃ」と表現していて、本書のタイトルはそこから引いたものだ。「権力のおもちゃ」とは、権力に好都合の間は寵愛(ちょうあい)を受けるが、不要になれば捨て去られるかわいそうな存在という含意なのだろう。

 しかし、明らかな証拠を突きつけられ、有罪判決を受けてなお自らの罪と向き合わない案里氏に対しては、著者も「案里の独善的な態度を見ているうちに、私の中に微(かす)かにあった同情心も失(う)せていった」と呆(あき)れている。ノンフィクション作家にとって、深掘りして見えてきたものが「独善」に過ぎなかったとしたら、さぞかし辛(つら)いことだっただろう。

(文芸春秋・1980円)

1979年生まれ。ノンフィクションライター。『無敗の男』『小泉純一郎独白』など。

◆もう1冊

中国新聞「決別 金権政治」取材班著『ばらまき 河井夫妻大規模買収事件全記録』(集英社)

中日新聞 東京新聞
2022年3月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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