『死刑にいたる病』の著者最新作は“善悪や正常異常の判断が問われる、幾重にも怖い一冊”

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[本の森 ホラー・ミステリ]『氷の致死量』櫛木理宇/『爆弾』呉勝浩/『ALIVE 10人の漂流者』雪富千晶紀

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

『死刑にいたる病』の映画公開に続き、全六回のTVドラマ『鵜頭川村事件』の放送も予定されている櫛木理宇。そんな著者の最新作が『氷の致死量』(早川書房)だ。

 聖ヨアキム学院中等部に赴任した英語教師の鹿原十和子。彼女は着任早々、十四年前に学内で殺された戸川更紗という教師との類似を指摘される。十和子はその後、更紗とのもう一つの共通点の存在を疑う。彼女も自分と同じくアセクシャル、つまり無性愛者だったのではないか、と。十和子は、学校でも家庭内でも問題を抱えつつ、未解決の更紗の死に関心を深める……。

 本書は、そんな十和子の描写に並行させて、殺人鬼の八木沼の行動を読者に克明に示していく。十和子にのしかかる心理的圧迫と、八木沼による醜怪な猟奇殺人の連続が合流する刺激は強烈無比。著者は様々な家族像を示し、さらに終盤で十和子に対する犯人の意外な言動を示すことで、善悪や正常異常の判断基準を読者に問う。幾重にも怖い一冊であり、その恐怖と驚愕が高い次元で融合した一冊でもある。

 呉勝浩『爆弾』(講談社)は、個々の登場人物および集団としての人々を様々に重ね合わせた驚異の多視点サスペンスだ。

 酔って暴れた男が野方署に連行された。その冴えない中年男は、取り調べのなかで秋葉原での爆発事件を予告し、そしてその通りに爆発は起きた。男はさらに複数の続きがあると語る。次は一時間後とのこと。爆弾のありかを特定すべく、警察は、男が提案した《九つの尻尾》というクイズゲームに挑むことにする……。

 取調室のなか迫り来るタイムリミットのもとでの九問のクイズを通じた心理戦が抜群にスリリングだ。それと並行して語られる都内各所での警察の捜査活動も緊迫感に満ちていて読み応えがある。さらに、爆発を通じてあぶり出される人々の心理――人の価値の判断や人の命の取捨選択――は、読者に自分自身の心理として響く。そのうえで、終盤で突き止められる事件の構図に震撼する。そこまでに語られてきた情報から必然として導かれながらも意外な構図だ。しかもズシリと重い。なんという一冊を読んでしまったのか。衝撃に打ちのめされる。

 雪富千晶紀『ALIVE 10人の漂流者』(KADOKAWA)は、マダガスカル沖を舞台とする海洋冒険小説だ。

 スクリューが壊れ、さらに船長を失った観光ボートは、日本人観光客たちを乗せて漂流を始める。彼等を強烈な日射しと飢えと渇きが襲うが、それは彼等が体験する危機の、ほんの序の口に過ぎなかった……。

 著者は読者の想定を超えた意外な二つの舞台を漂流者たちに与え、質の異なる極限状況のもと、彼等が生存に向けて協力する様や、あるいは生存に向けて身勝手になる様を描く。サバイバル小説としての魅力を満喫出来るし、主人公に据えたひ弱な大学生の成長小説としても読ませる。上出来のエンターテインメントとして推す。

新潮社 小説新潮
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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