『八甲田雪中行軍』
- 著者
- 間山元喜 [著]/川嶋康男 [著]
- 出版社
- 冨山房インターナショナル
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784866001005
- 発売日
- 2022/01/17
- 価格
- 1,980円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
<東北の本棚>運命を分けた判断探る
[レビュアー] 河北新報
1902年1月に起きた青森歩兵第5連隊の八甲田山雪中行軍遭難。199人の犠牲者を出した青森隊の惨劇が広く知られる一方で、同時期に八甲田山行軍に成功した弘前歩兵第31連隊の軌跡はそれほど知られていない。本書は弘前隊の記述に多くのページを割き、行軍の準備を入念にしていた事実を報告。青森隊の資料もひもとき、両隊の運命を分けた背景を探る。
著者の一人、間山元喜氏の祖父は弘前隊に参加していた間山仁助伍長。本書は間山伍長や弘前隊を率いた福島泰蔵大尉らの日記などを基に同隊の行軍を丹念に再現している。
弘前隊が、十和田湖周辺などを経て八甲田入りしたのは行軍開始8日目の1月27日だった。間山伍長の日記は「300メートルくらい歩くのに30分を費やした」「方角が判別できないため、やむをえず雪中に立って軍歌を唱った」と、この日の行軍が困難を極めたことを記している。一方で、地元の案内人が小屋を見つけ出し、隊一行が避難した様子なども伝えている。
著者は、こうした事実を積み重ね、時間をかけて体を冬山に慣らしたこと、地元住民らの案内を受けたことなどが行軍成功の背景にあることを示唆している。
行軍2日目で雪中をさまよい始めた青森隊の記述で興味深いのは、当時の新聞「万朝報(よろずちょうほう)」の引用部分だ。悪条件の行軍を見かねた住民が案内人を付けるよう勧めても、指揮官が相手にしなかったことを記事から引いている。遭難の背景にはさまざまな要因があったとみられるが、青森隊の案内人に対する考えからは、冬山の恐ろしさに対する理解が低かったと推測できる。
間山氏は弘前市生まれの元陸上自衛官。著書に「孫が挑んだもう一つの八甲田雪中行軍」がある。川嶋康男氏はノンフィクション作家で、「永訣(えいけつ)の朝」など著作多数。(安)
◇
冨山房インターナショナル03(3291)2578=1980円。