『ウェルビーイングの経済』
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「ゆたかな生」を生きるための新しい「新しい資本主義」とは
[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)
ウェルビーイングは「ゆたかな生」を意味する。「ゆたかな生」とは、人間と自然とのかかわりの中で、自覚的な個人として生きることである。単に損得勘定で、人間と自然との関係を理解することではない。もちろん他人に利用される奴隷のような存在に陥ることでもなく、また株取引に明け暮れてカネのためだけに生きることでもない。
医療・教育・文化を中心にした「人間形成型社会」の中で実現できる、個々人の「生」のことだ。山田はポスト・コロナではこのような社会への転換が要求されると指摘している。
本書が挙げている例ではないが、例えば太陽光発電に補助金がつくとする。その補助金目当てに山林が伐採され、景観を破壊し、また土砂災害などを招くことも多い。これらは人間と自然との適切な関係ではない。まさにカネの獲得に刺激されて、私たちの市民社会が立脚する物質的代謝過程(自然環境と人間の結びつき)が破壊されているのだ。
山田はレギュラシオン理論の日本での代表者として著名だ。レギュラシオンとは「調整」を意味するフランス語である。何を調整するのだろうか。現在の金融資本主義が調整の対象となる。金融資本主義は、放置しておけば危機に至る制度である。株など金融資産の取引が過剰なものとなり、やがてはバブルの形成とその崩壊を招くだろう。リーマンショックはその典型だ。この危機を回避するために、政府だけでは力不足である。個々の市民の連帯によって基礎付けられた社会こそが危機を回避し、「ゆたかな生」を実現できる防波堤となる。市民社会を中核とした新たなる資本主義の可能性は示唆的だ。
岸田政権の「新しい資本主義」にも丁寧な検討が加えられている。ただ私見では、岸田ビジョンは、財務省が作成したお手盛り話の域を出ない。それに比べて本書は、来たるべき資本主義の代替的ビジョンを深く考察する機会を与えてくれるだろう。