田原総一朗が語る「渡辺恒雄」のすごさとは?

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

独占告白 渡辺恒雄

『独占告白 渡辺恒雄』

著者
安井 浩一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784103548812
発売日
2023/01/17
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

僕が思う渡辺恒雄のすごさ

[レビュアー] 田原総一朗(ジャーナリスト)


渡辺氏は本書の中で自らが目の当たりにした戦後政治の裏側を赤裸々に語っている

 読売新聞グループ代表取締役主筆である渡辺恒雄へのロングインタビューをまとめたノンフィクション『独占告白 渡辺恒雄~戦後政治はこうして作られた~』が発売からわずか1ヶ月半で4刷と注目を集めている。

 BS1スペシャル「独占告白 渡辺恒雄~戦後政治はこうして作られた~ 昭和編」とNHKスペシャル「渡辺恒雄 戦争と政治~戦後日本の自画像~」を元に、両番組をディレクターとして制作したNHKの安井浩一郎が書き下ろした本作に、ジャーナリストの田原総一朗さんが寄せた書評を紹介する。

田原総一朗・評「僕が思う渡辺恒雄のすごさ」

 最初に渡辺さんを知ったのは彼がまだ現場時代。読売新聞でがんばっている保守派のジャーナリストがいるな、と。

 当時、保守派は自民党支持。リベラルはアンチ自民。テレビのディレクターをしていた僕自身も含めて、マスコミはだいたい反体制だったから、保守派のジャーナリストは非常に珍しかった。そんな中でも渡辺さんは堂々と保守派を名乗っていてね、おもしろい人だな、と思っていました。

 僕が渡辺さんをすごいなと思ったのは、西山事件の時です。この本にも詳しく書かれている通り、西山事件というのは、佐藤栄作内閣の沖縄返還交渉の時に起きた。アメリカが沖縄に慰謝料(軍用地復元補償費)を出すことになったんだけど、実はその金を日本が密かに肩代わりしていると毎日新聞の西山記者がすっぱ抜いて大問題になった。ところが、西山さんが外務省の女性職員と関係を持って機密文書を入手したことがわかって、国に訴えられたんです。

 この入手方法が明るみに出たことで、政府批判一色だった風向きが変わった。あらゆるマスコミが西山批判をする中で開かれた裁判で、渡辺さんは弁護側の証人として法廷に立ったんです。西山さんはライバルの毎日新聞の看板記者だったにもかかわらず、渡辺さんは徹底的に西山擁護の答弁をした。これはなかなかできることじゃない。

 もうひとつ、今回の本で渡辺さんがすごいなと思ったのは、戦時中、学生時代から戦争反対を口にして行動までしていたこと。渡辺さんは僕の八歳上で、学徒出陣で軍隊に行って終戦を迎えた。軍隊と戦争を心底、憎んでいる。

 僕は小学校五年生の夏休みに玉音放送を聞きました。敗戦した途端、教師たちの言うことが一八〇度変わった。それで、大人、政府、マスコミの言うことは一切、信じられない、信じたら騙される、と思った。これが僕の原点です。

 渡辺さんのように入党はしなかったけど、戦後、僕も共産党を信用していました。なぜなら、共産党は戦時中、最後まで戦争反対だった。その共産党がいちばん信用しているのがソ連だったから、僕も素晴らしい国だと思っていた。

 一九六五年にモスクワで「世界ドキュメンタリー会議」というものが開かれた。当時、僕はドキュメンタリー番組を作って賞をもらっていたこともあって、日本から呼ばれました。その時、主催者に頼んで、モスクワ大学の学生とのディスカッションをセッティングしてもらったんです。

 ソ連では、ちょうど前年にフルシチョフが失脚していたから、ディスカッションの最後に「なぜ彼は失脚したんだ」と学生に聞いた。すると彼らは真っ青になって何も言わない。それで、ソ連には言論の自由がまったくないことがわかった。それを見て、この国はダメになると思った。

 ところが、この本には、渡辺さんが戦後すぐに入党して「共産党はダメだ」と思った経緯が書いてある。あの時点でそう言い切っていたのは本当にすごいことです。

 僕が田中角栄から聞いた、「戦争を体験している人間が政治をやっている間は、絶対に戦争はやらない。大丈夫だ」という言葉も、この本に引用されていました。

 岸(信介)政権が退陣した後、自衛隊の存在が憲法と大矛盾していることをわかっていながら、自民党は「憲法改正」と言わなくなった。そんな状態が長年続くから、自民党の頭脳派と呼ばれていた宮澤(喜一)さんに会って「自民党はこんな矛盾を放置してむちゃくちゃだ」と言った。そうしたら、「日本が安全保障の主体性をもとうとすると戦前のように軍が突出して危ない。だから、池田(勇人)政権以降はアメリカに守ってもらう道を選んだ。その方が安全だし、その分の予算を経済復興に注いだから、高度経済成長を成し遂げることができたんだ」と説明されて僕は納得した。角栄の言う通り、戦争を体験した世代だからこその判断だと思う。

 ところが、二〇一三年にオバマ大統領が「世界の警察官をやめる」と宣言した。日本はアメリカに安全保障を委ねられなくなったんです。非常に危ないんだけど、日本は自前で、主体的な安全保障を構築しなければならなくなった。

 渡辺さんとは一時期まで、年に一回、東京ドームに招待されて一緒に野球を見ていたんです。そこで、安全保障の問題や、この国のあり方について意見交換をしていた。

 僕が感心したのは、渡辺さんが「あの戦争は侵略戦争だ。だから、総理大臣や天皇は靖国に行っちゃダメだ」と言い続けていること。基本的に保守派はあの戦争も靖国参拝も肯定する。でも、渡辺さんは一貫して否定しています。

 渡辺さんも僕も、立場は違っても、戦争を知る最後の世代として、この国を思う気持ちは同じ。そのためには、批判だけしていても仕方ない。総理大臣に対しても、言うべきことは直接、言った方がいい。言わなきゃいけない。

 渡辺さんとはまた会って話したいね。テーマはもちろん「この国をどうするか」。この本のテーマでもあるけど、戦争を知る世代がほとんどいなくなり、「パックス・アメリカーナ」が終わった今、日本が戦争をしないために安全保障をどう構築したらいいか。これは大問題ですよ。(談)

新潮社 波
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク