『金正恩の核兵器 北朝鮮のミサイル戦略と日本』井上智太郎著(ちくま新書)
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大講師)
現場主義 スパイも取材
北朝鮮の核・ミサイル開発の内幕に迫る、というテーマは既に一ジャンルを成している。特に朝鮮半島と地理的にも歴史的にも繋(つな)がりが深い日本は、この種のテーマに強い。一方、北朝鮮の核・ミサイル開発がグローバルな安全保障課題となったことで、近年、英語圏でも優れた書籍が出始めた。米国の研究機関による衛星画像解析も注目を集めるようになり、日本勢はやや押され気味では、と門外漢ながら思っていた。
こうした中で登場したのが、本書である。一読して、これは「北朝鮮核・ミサイルもの」で日本が巻き返しを図る契機となる本だ、と感じた。
その理由の一つは、徹底した現場主義にある。例えば第1章では、北朝鮮のスパイが潜水艦用高張力鋼を手に入れようとしていたというエピソードが紹介されるが、その後段ではスパイ本人と接触して聞いた話であることがさらりと明かされている。著者は共同通信社で北京特派員と平壌支局長を兼務した経歴の持ち主だが、まさにジャーナリストの面目躍如というべき生情報が本書には非常に多い。脱北者の証言もかなり盛り込んでいるようだ。
もちろん、ある地域の事情に通じた人が、技術や軍事といった専門領域になるとヘンなことを言い出す、という例は少なくない。人間のリソースの限界として、地域的な知見と専門領域の知見を両立させるのは難しいのだろう。
だが、本書は、核戦略理論や兵器システムに関しても非常に手堅い知識を踏まえた上で書かれている。参考文献一覧を見るに、シンクタンクや米国政府機関の報告書をかなり幅広く参照したことが窺(うかが)えるし、この点はワシントン勤務の経験も生かされているのではないか。一読者としては本書の英語版を是非望みたい。「北朝鮮のことなら日本に聞け」と言われるくらいの実力を我が国が持っていることを、本書は証明している。