『寝煙草の危険』
- 著者
- マリアーナ・エンリケス [著]/宮﨑真紀 [訳]
- 出版社
- 国書刊行会
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784336074652
- 発売日
- 2023/05/25
- 価格
- 4,180円(税込)
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南米の「ホラー・プリンセス」爆誕! 怖いという感情を進化&深化させた12篇
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
「最も起源が古く最も強烈な感情とは、恐怖である。そして最も起源が古く最も強烈な恐怖とは、未知なるものに対する恐怖である」という有名な言葉を遺したのは、アメリカン・モダンホラー小説の祖ともいうべき作家ラヴクラフト。でも、もうそうじゃない、21世紀の恐怖は既知のものから生じるのではないかと思わせてくれる作家がアルゼンチンにいる。「ホラー・プリンセス」の異名を取るマリアーナ・エンリケスだ。
たとえば、最新訳の短篇集『寝煙草の危険』に収録されている、ウィジャボードで死者を呼び出し、行方不明になった人々の消息を知ろうとする少女たちを主人公にした「わたしたちが死者と話していたとき」。この物語の背景にあるのは、アルゼンチンで1976年から83年まで続いた、軍事政権による活動家や一般市民の拉致、監禁、拷問、殺害の史実だ。人身売買や売春の組織にさらわれた子供たちを題材にした「戻ってくる子供たち」や「悲しみの大通り」もそのタイプに入る作品だけれど、エンリケスが物語の核にすえるのは、大きな社会問題だけではない。
日常生活を送るのが不可能なほどの恐怖に襲われ続けている女性がその原因を知って絶望する「井戸」のような、家族がもたらす災厄を扱った物語。ひどく取り乱す心が亡霊に利用されるさまを描いた「展望塔」や、心音フェチの女性と心臓に病を抱えた男性の歪んだ愛が衝撃的な「どこにあるの、心臓」、寝煙草で焼け死んだ老婆の臭いで目を覚ました女性の怖いくらい空虚な心象風景を綴った表題作など、己の内面や性癖によって生じる恐怖を描く物語。
全12篇を収めたこの短篇集には、わたしたちにとって既知でありながら、それを描き出す個性的な筆法によって、従来のモダンホラー小説にはなかったような新しい味わいの恐怖が爆誕している。怖いという感情を進化&深化させる書き手が、マリアーナ・エンリケスなのである。