「米軍をピシャリト叩くことはできないのか」――『昭和天皇実録』で削除された発言 『日本の戦争はいかに始まったか』を読む

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

日本の戦争はいかに始まったか

『日本の戦争はいかに始まったか』

著者
波多野 澄雄 [著]/戸部 良一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106038976
発売日
2023/05/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「米軍をピシャリト叩くことはできないのか」――『昭和天皇実録』で削除された発言 『日本の戦争はいかに始まったか』を読む

[レビュアー] 明石健五(『週刊読書人』編集長)


陸軍始観兵式で「白雪」号にまたがり閲兵を行なう昭和天皇

 波多野澄雄/戸部良一編著の新刊『日本の戦争はいかに始まったか 連続講義 日清日露から対米戦まで』(新潮選書)が評判になっている。日清・日露戦争から第一次大戦、満州・支那事変を経て、先の戦争に至るまで、当事者たちがどんな決断を下したのか。それぞれの開戦過程を各分野の第一人者が語った連続講義をまとめたものだ。

 音声プラットフォーム「Voicy」にて、チャンネル「神網(ジンネット)読書人」を開設し、パーソナリティとして面白い本をいち早くピックアップする「週刊読書人」編集長・明石健五さんの解説をテキストに編集して紹介する。

明仁天皇がパラオで語った言葉

 ひとつ目のポイントは、今あらためて国家と戦争との関係について考えるべき時期にあるのではないかという点です。

 本書の第8章、波多野澄雄氏による「大東亜戦争の『遺産』はなにか」では、明仁天皇の言葉が引用されています。ご記憶の方もおられるとも思いますが、2015年に、パラオの戦跡を訪れた際に述べられた言葉です。

「年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことだと思います」

 この言葉に表わされているように、戦争を体験していない世代が増え、経験を語れる人が少なくなっていく。だからこそ今、じっくりと戦争について考えなければいけない。そのことを、本書は強く訴えているということです。戦争について、私たちは、本当にきちんと考えてきたといえるのか。ひとりひとりが胸に手を当てて、思い返していくことが大事なのではないかということです。

日本の死者数は310万人

 また、序章で、同じ波多野さんが詳しく語られていますが、1945年の敗戦から、間もなく80年になろうとしています。そして1868年の明治維新から敗戦までが77年で、ほぼ同じ長さです。

 波多野さんは、次のように言います。

「戦後の80年は「平和の時代」であったが、戦前の80年は「戦争の時代」であった。戊辰戦争、台湾出兵(征台の役)、西南戦争、日清戦争、北清事変(義和団事件)、日露戦争、第一次世界大戦(日独戦争)、シベリア出兵、満洲事変、支那事変(日中戦争)、大東亜戦争(アジア太平洋戦争)と、一〇年を置かずして内戦、対外紛争、対外戦争が頻発した。」

 こうやって引用しているだけでも、よくぞまあ、多くの戦争を戦ってきたなと思います。忘れてはならないのは、そこには夥しいほどの死者が存在しているということです。

 靖国神社に合祀された戦没者を見ると、日清戦争では「1万3600人」、日露戦争では「8万8400人」が、そして大東亜戦争では「213万3900人」の方たちが亡くなっている。これは合祀された方のみですから、空襲などで亡くなった人たちを含めれば、この人数では、もちろんすみません。

 第二次世界大戦における日本の死者は310万人といわれる。それだけではない、中国では1000万人以上、ソ連では、2000万人以上が亡くなっている。その人たちを含めて、戦争による甚大な被害を考えねばならない。

 つまり、いざ戦争が生じれば、1000万人単位、東京都の人口ほどの人間の命がなくなるということです。まずは、そのことを肝に銘じて、本書を読み進めていただきたい。

米中ロ英仏独と干戈を交えた国

 さらに、第2章の筆者である、小原淳さんが興味深い指摘をしています。

「今の世界の大国である米中ロ、さらには英仏独のすべてと戦ったことがある点でも、日本は稀有な国だと言える」

 言葉は悪いかもしれませんが、それだけ「好戦的」な血が流れているのかもしれない、そのことも肝に銘じなければならない。

 本書は、主に、日清・日露、第一次世界大戦、満州事変、支那事変、対米戦争を取り上げ、なぜ、それらの戦争が起こったのか、その原因や特徴を多角的に考察していく一冊です。そして、日本は、国際社会において、なぜ孤立していかざるを得なかったのか。

「ポイント・オブ・ノーリターン(引き返し不能点)」は、いつだったのか。歴史に「イフ」は禁物であることは、幾度か述べてまいりましたが、それでもなお、開戦を回避する道はなかったのかも含めて、詳細に論じていきます。

アデナウアーと吉田茂

 真珠湾攻撃から既に82年、まさに今、日本が「直接」関わってきた戦争について学び直す、良い機会ではないかと思います。そのための、基本をおさえるための、最良のテキストになると思います。なぜ、私たちは戦争について考えねばならないのか。波多野さんの言葉を、もうひとつ引用しておきます。

「ヨーロッパの人々は、第一次大戦の後、第二次世界大戦を経ても、過去の戦争や戦争責任をめぐって対話を途切れることなく積み重ねている。しかし、日本では、常に戦前と戦後が折り重なっていた「戦争の80年」の経験にもかかわらず、「平和の80年」のなかで過去の戦争を忘れ去ってしまったかに見える。実際、西独首相アデナウアーは、ナチス帝国がなぜドイツ国民のなかから生まれたのかを問い続けたが、同時期の宰相吉田茂はむしろ過去の戦争を忘却することに力を注ぐことによって国の再建を進めた。この違いは何を意味するのか、問い続けなければならない。」

一様ではない「満州事変」勃発の理由

 ポイントの二つ目です。

「歴史を学ぶ」と言った際に、気を付けなければならないことがあります。それは、ひとつの資料にのみ頼らない、複数の資料を並行して、あるいは、多数の論者の意見を比較しながら、考えていくことが肝要であるということ。

 ただし、専門の研究者でもなければ、なかなか何十冊もの関連本を読むことはかないません。その点で、本書は、8名もの専門家が集まり、それぞれの戦争を論じており、また各論者が、様々な史料を駆使して、分析を行っていますから、いわば「公平」な目をもって、歴史を学んでいくことができます。

 たとえば第3章「満州事変はなぜ起きたのか」では、主要な研究書が六冊取り上げられています。順に、日本国際政治学会・太平洋戦争原因研究部編『太平洋戦争への道』、緒方貞子『満州事変 政策の形成過程』、クリストファー・ソーン『満州事変とは何だったのか』、臼井勝美『満州事変 戦争と外交と』、筒井清忠『満州事変はなぜ起きたのか』、宮田昌明『満州事変 「侵略」論を超えて世界的視野から考える』の六冊です。

 第3章の著者・井上寿一氏によれば、「近代日本の国家的な破局を直接もたらしたのは日米戦争」である、この戦争がなぜ起きたのかと遡れば、「日中戦争が起きたから」である。日中戦争がなぜ起きたのかと言えば、「満州事変が起きたから」である。その後の戦争の起点に満州事変がなっている、ということです。

 それを、1960年代のはじめに明らかにしたのが、今書名を挙げた『太平洋戦争への道』である。そして、緒方本は、関東軍、陸軍中央、政府指導者の「三つ巴の権力争い」と、当時の国際規範との相互関係から、満州事変勃発の過程を分析する。ソーン本は、緒方の説を深化させたものです。

 また満州事変の原因に、新聞の煽動と大衆の熱狂があったことを論じたのが、筒井本です。「世論の戦争熱こそが満州事変を拡大させた」というわけです。実際に、日本近代において、新聞の売り揚げ部数は、戦争が起こる度に増えていったそうです。

『昭和天皇実録』で削除された言葉

 昭和天皇が戦争にどう関わっていたのかについて分析した第7章についても、非常に興味深い指摘が数多くなされています。天皇には、正しい軍事情報が伝えられていたのか、その情報を得て、天皇自身はどういう判断ができたのか、あるいは、大日本帝国の君主としての思想はどういうものであったのか、そして、いわゆる「ご聖断」へのプロセスはいかなるものだったのか。

 本書を読むと、かなり生々しい発言が貴重な資料を通して紹介されています。たとえば、次のような言葉が、昭和天皇の口から発せられていたといいます。

「魚雷だけではダメ、もっと近寄って大砲ででも敵を撃てないのか」
「米軍をピシャリト叩くことはできないのか」
「一体どこでしっかりやるのか。どこで決戦をやるのか。今までのようにじりじり押されることを繰り返していることはできないのではないか」

 この辺りの言葉が、『昭和天皇実録』では省かれているのです。どうも、実録からだけではわからない昭和天皇の姿が、かなりあるようです。そこもきちんと含めた上で、「戦争責任」について議論していかなければならないということです。

「戦前の思考」を考え直すこと

 各章末には、参考文献が挙げられていますから、本書からさらに踏み込んで、詳しく学ぶためには、よい導き、ガイドになると思います。つまりは本書が、「戦争」を学ぶための大きな「窓」になるということです。ここから、学びへの広い世界が広がっている。

 さらに、ポイントの三つめは、以上のことを踏まえて、今まさに「戦前の思考」を考え直すことの大切さを、教えてくれる一冊であるということです。戦争が起きる時、理由は複合的です。先程の満州事変の例でも、様々な事情が複雑に絡まり合っている。それが柳条湖事件を引き起こしました。

 現在、しばしば北朝鮮から、ミサイルが日本海に向けて発射されています。さすがに本土に着弾することはありませんが、これだって、ひとつの予兆として捉えることができる。沖縄近海では、中国の船が度々確認される。また、戦争に直接つながるかどうかまではわかりませんが、改正自衛隊法も昨年成立した。もしかしたら既に、戻れないところに来ているのかもしれません。

 ただ、日米戦争にしても、直前まで回避する道はあったと、本書の著者たちは言っています。繰り返し申し上げますと、日本人は、ほんの80年前までは、常に戦争に邁進していた歴史を持っていたのです。そうならないためにも、戦前に何があったのか、戦前の思考を学び直し、未来について考えていかなければならない。決して悲劇は繰り返してはならないと思います。

 このように、波多野澄雄・戸部良一編著『日本の戦争はいかに始まったか 連続講義 日清日露から対米戦まで』(新潮選書)は、戦後80年目をむかえようとしている現代の日本人が戦争の意味を考え直すきっかけとなる1冊であると思います。是非ともお読みください。

週刊読書人
2023年6月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク