『アメリカは内戦に向かうのか (原題)HOW CIVIL WARS START』バーバラ・F・ウォルター著(東洋経済新報社)

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アメリカは内戦に向かうのか

『アメリカは内戦に向かうのか』

著者
バーバラ・F・ウォルター [著]/井坂 康志 [訳]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784492444733
発売日
2023/03/24
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『アメリカは内戦に向かうのか (原題)HOW CIVIL WARS START』バーバラ・F・ウォルター著(東洋経済新報社)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

選挙・SNS 分断助長も

 2021年1月に起こったトランプ支持者による米連邦議会襲撃事件は、行き過ぎた市民の分断と陰謀論がアメリカの民主主義を根幹から脅かしていることを世界中に知らしめた。

 本書は内戦研究を専門とする国際政治学者が、第二次世界大戦後に様々な国や地域で起こった内戦の事例と比較しつつ、アメリカが内戦へと近づきつつあることを明らかにした衝撃の一冊である。

 著者によれば、一つの国が内戦に陥る可能性が高いのは、アノクラシーと呼ばれる専制から民主主義への移行、あるいは民主主義から専制へと退行する中間の状態だという。分かれ目になるのは派閥主義の有無だ。なぜなら、完全に競争的な政治システムや、権威主義的な抑圧システムの下では、市民による派閥は形成されない。だが、アノクラシーの下では、人々は民族や宗教といったアイデンティティに拠(よ)った派閥を結成し、国全体のことよりも自集団の利益を追求するようになるからだという。

 われわれは内戦が起こるのは、激しい宗教や民族対立を抱えた低開発国であり、先進民主主義国では無縁だと考えがちだ。だが、本書は最新の学問的知見と豊富な実例を分かりやすく示すことで、われわれの抱く固定観念を鮮やかに打ち砕いてくれる。たとえば、選挙とは一般的に民主主義のシンボルだと思われがちだが、派閥形成を助長し、かえって分断を促進することもあるという。またSNSの普及は、市民の分断や対立を政治資源にしようとする勢力にとって強力な武器になっている。

 著者は、肝心なのは経済の改善よりも統治能力の質的向上だと主張する。法の支配を強化し、公正な選挙を行い、政府サービスの質を改善し、公共の場での論議を回復させる。だが、このようなあたりまえの提言をせねばならない所にアメリカ社会の抱える病根の根深さを感じる。井坂康志訳。

読売新聞
2023年6月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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