『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』
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恐るべき強さの弟子を持った師匠 伝えたい、その信条とは?
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
今年4月から6月にかけて、将棋の第81期名人戦七番勝負が行われた。渡辺明名人に挑んだ藤井聡太は四勝一敗で名人位を獲得。史上最年少の七冠となった。将棋界のタイトル戦は竜王、名人、王位、叡王、王座、棋王、王将、棋聖の8つだ。今や藤井が手にしていないのは王座だけとなった。恐るべき強さなのだ。
著者はそんな藤井七冠の「師匠」である。プロの棋士になるためには日本将棋連盟の養成機関「奨励会」に入らなければならない。その際、師匠につくことが必要とされる。聡太少年が著者の「弟子」となったのは小学4年生の時だった。
プロとして30年以上のキャリアを持つ著者は現在八段。本書は週刊誌に連載されたエッセイ集だ。対局時のマナーから勝負メシ、ライバル、パーティー、家族サービスまで、将棋と棋士をめぐる多彩な話題が披露されている。とはいえ、やはり興味を引くのは藤井七冠に関する話だ。
たとえば、その積極的な将棋には「攻め」「果敢」「決断」といった言葉が似合うと著者。高度な技だけでなく、その前向きな姿勢がファンを魅了する。また七冠が持つ常識を超える感性。「普通はこう指す」という常識に挑戦するのが藤井将棋であり、「意表をつくようでも深い研究と読みに裏付けられている」。奇をてらう指し方ではなく、常に「まっすぐ」な将棋なのだ。
面白いのは、弟子の対局における師匠の立場だ。スポーツの監督は「そこを狙え」などのアドバイスが可能だが、将棋では「助言」の反則となってしまう。「実に歯がゆい」と言いながら、著者は楽しそうだ。さらに師弟の「理念」も明かしている。師匠は技術や棋士魂を弟子に伝承し、若い弟子はひたむきさを師匠に伝える。いわば分け合う関係だ。「人生は諦めなければ負けない。なので、倒れるまでは前を向く」という師匠の信条もまた弟子に受け継がれている。八冠となる日もそう遠くはない。