『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 『集団の思い込み』を打ち砕く技術 (原題)Collective Illusions」トッド・ローズ著(NHK出版)
[レビュアー] 佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)
同調「本能」自覚 弊害防ぐ
スペイン人征服者が南米から本国に持ち帰ったトマトを食べた貴族が続々と急死したことからトマトには毒があると長い間信じられていた。実はトマトを載せた皿に含まれた鉛がトマトの酸で溶け出したための鉛中毒が死の原因であったようだ。歴史を振り返るとこの例のように「自分たちの考えが本当に現実に基づいているかを確かめずに」社会的規範を鵜呑(うの)みにしていることが多い。また自分の内心の思いとは違うが、周囲のみんなはそう思っていると誤って思い込んで自分の意見や行動を「多数派の意見」に合わせていることが多いことにも気づく。
著者はこれらを「集合的幻想」と呼ぶ。これは周囲に同調することで安心を得たいという人間の本性に根ざすものだが、人間を危機に陥れる危険性をもはらむ。同調行動が執拗(しつよう)な個人攻撃、航空機や宇宙船の重大事故、銀行の取り付け騒ぎ、宗教団体の集団自殺事件、さらには特定民族の排斥などの恐ろしい結果につながっている事例は驚くほど多く、事件の都度、反省や再発防止が行われるがまた繰り返される。現代ではSNSなどの情報伝達手段の発達で、ごく少数の人が未確認情報や嘘(うそ)を燎原(りょうげん)の火の如(ごと)く拡散し、また一部の過激な意見をあたかも多数の意見であるかのように装うことが容易にできる環境になっている。そのため安易な同調やそれと表裏一体の分断が昂(こう)じて不測の事態が起きかねないという厄介な状況が生じている。
大多数の人の価値観は言われるほど差はなく、他者を信頼しコミュニケーションを重ねれば状況が変わるだろうという著者の主張は正しいが、コミュニケーションの前提として格差の解消や社会問題の解決への努力も必要だろう。そして、人間は自分の内心の声よりも多数派と思われる意見や行動に従いがちであるということに多くの人がまず気づくことが事態を悪化させないためには重要だ。本書はそれを我々に思い起こさせてくれる好著である。門脇弘典訳。