猛暑にこそ読みたい「避暑地ミステリー」!都会の人混みを離れたのに結局は逃れられないし事件も起こる
レビュー
『白昼の悪魔』
- 著者
- アガサ・クリスティー [著]/鳴海四郎 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ISBN
- 9784151300202
- 発売日
- 2003/10/15
- 価格
- 1,034円(税込)
現代では何から何までが規格どおり!
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「避暑」です
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アガサ・クリスティーの『白昼の悪魔』は“避暑地ミステリー”の代名詞というべき作品だ。
避暑といってもヨーロッパの場合、涼を求めるよりも暑いところに出かけて陽光を浴びることを趣旨とするのではないか。夏の蒸し暑さを嫌って涼しい高原ですごすのは、異国(植民地)で暮らすヨーロッパ人の場合だろう。
本書の舞台はイングランド南西の海に浮かぶ小さな島。「一九二二年になると、例の“休暇を海で”1414の避暑地ブームがやってきて」夏の海岸が敬遠されなくなったと冒頭にある。市民階級が夏休みに海岸を目指すという習慣は今から百年前に確立されたのだ。
ということは、都会の人混みを離れたはずが、結局は様々な種類の人間たちから逃れられないことになる。そんな皮肉な逆説も物語の設定の一部をなしている。
そもそも水泳など絶対しないポアロが来ていること自体おかしいのだ。彼は水着で寝そべる人々を眺めて「ロマンスもなければミステリーもない! 現代では何から何までが規格どおり!」とこきおろす。
要するにポアロこそは、ロマンス&ミステリーをもたらす使者なのである。
ところで作中には、父の再婚相手を憎む少女が登場する。やはり避暑地小説の名作、サガンの『悲しみよ こんにちは』の少女を連想してしまう。本書の刊行は1941年、サガンのデビュー作は54年。サガンはクリスティーを愛読していたのかどうか。これは要調査だ。