『帝国図書館 近代日本の「知」の物語』長尾宗典著(中公新書)

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帝国図書館――近代日本の「知」の物語

『帝国図書館――近代日本の「知」の物語』

著者
長尾宗典 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784121027498
発売日
2023/04/20
価格
1,012円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『帝国図書館 近代日本の「知」の物語』長尾宗典著(中公新書)

[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)

知の拠点「東洋一」の夢・現実

 東京・上野にある国際子ども図書館の建物(レンガ棟)はルネサンス様式の美しい建築だが、この建物はかつて日本の国立図書館の機能を果たした帝国図書館だった。現在の国立国会図書館東京本館や同・関西館の巨大さを知る人は、帝国図書館の規模の小ささを意外に思うかもしれない。建築の素晴らしさと規模の小ささは、帝国図書館の目指した理想と直面した現実を物語る。本書は帝国図書館を通じて近代日本を描く良書である。

 明治に入り政府により図書館(書籍館)が設置されるが、その位置づけはあいまいで、名称や組織、場所も変遷を繰り返し、財政難にも苦しめられる。図書館を「民衆の大学」とする米国の考え方や米国議会図書館などを参考として東京図書館、そして帝国図書館が設立され、「東洋一の図書館」が目指されたが、建物は予算制約により一部しか完成しなかった。狭い書庫に本は入りきらず、いつも満員で出納も遅い帝国図書館には利用者の不満も多かった(利用者のマナーも良いとは言えなかったが)。帝国図書館は内務省により発売禁止になった文献を閲覧禁止にするなど検閲の一翼も担い、戦時期には日本の占領地の略奪図書も運び込まれ、貴重書の疎開も余儀なくされた。

 理想と現実との間で揺れ動き、戦後に紆余(うよ)曲折を経て国立国会図書館に統合された帝国図書館だったが、帝国大学などに属さない人々にとっては貴重な知のインフラであった。本書によれば、前身も含めて帝国図書館に通った人物に植木枝盛、幸田露伴、夏目漱石、美濃部達吉、樋口一葉、和辻哲郎、菊池寛、江戸川乱歩などがおり、昭和天皇も本を取り寄せていたという。帝国図書館が近代日本の文化や学問に果たした役割の大きさを実感する。そして現在では建物は国際子ども図書館となり、蔵書の多くは国立国会図書館デジタルコレクションを通して閲覧できるようになった。

 図書館など知のインフラの整備はその効果がわかりづらいが、実は時代を超えて広い範囲に影響を及ぼすことを、私たちは本書を通じて知ることができる。

読売新聞
2023年7月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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